110411 桜紀行(小倉城)

   

 3日、小倉城へ桜を観に出かける。今年は寒さがいつまでも続いたため例年だとこの時期そろそろ散り始める桜もまだ満開前。広場では祇園太鼓の演奏が行なわれていた。女性もいたし、小学生も頑張っていたし、保育園児くらいの小さな男の子まで太鼓を叩いていた。

 

   
   

 桜の下では昼間から宴会が始まっている。今年目につくのは外国人が多いことだ。他の国では花見の習慣のある国は少ないと聞いたことがあるが、日本に住むようになって覚えたものだろうか?やはり座り込んでという人は少ない。その中でも一番元気のいいのはアジア系の団体だ。アジア系なのははっきりしているが、木に広げられている国旗らしきものは見たこともないものだった。女性たちが踊りだしたが、そのパワーには圧倒される。 

110409 道端の花たち

キランソウ  ヒメオドリコソウ  スミレ 
     

 こうした時の楽しみは、歩くだけでもないし、おしゃべりをするだけでもない。ふだん車ではとうてい見ることのできない景色に、ものに、気づくことである。
 今までは遠くから見ていた桜並木の下にも行けたし、ハエ釣りのポイントという流れのよどんだ淵も知った。何よりも道端に咲く野の花に気づくことができた。一つは、昨年体育館の裏で見つけた「キランソウ」。道路にへばりつくようにして鮮やかな青い花をつけている。二つ目は、「ヒメオドリコソウ」。色合いは地味ながらしっとりとした印象だ。三つ目は単に「スミレ」でいいはずだが・・・・・・。四つ目は何だろう。山側の水路の石垣に、白い花を沢山つけている。一緒に歩いた人たちに聞いたがだれも知らない。名前が分からなければ、それはそれでいい。
 

   
   

 もう一つ、大きな花の中にいくつもの小さな花が包まれている。形もだがその色合いがなんとも素敵だ。歩道のわずかな隙間にある土を求めてぎっしりと咲いている。やはりこれは歩かないと気がつかない。それも下を向いて歩かないと・・・・・。これは名前を知りたい! 

110408 桜ウォーク

     

 31日、いつもの仲間が私の退職祝いを開いてくれた。どっちかというと、私の退職祝いに名を借りた飲み会である。その席で、3日にある「桜ウォーク」に行かないかと誘われた。これまではこういったイベントには出ようとしなかった私も、これからは積極的に参加することにしようと趣旨換えをすることにした。
 本耶馬溪の公民館前を9時半に出発し、耶馬溪の平田城址までの約10キロのコースである。サイクリングロードを歩くので何も気にすることなく誘ってくれた人とおしゃべりをしながら歩く。この桜は冠石野(かぶしの)という昔の耶馬溪鉄道の駅があったところのものである。いつも車から見ていてきれいだなと思っていた。今回は残念ながら少し早すぎたし、曇り空のため桜の花も少しさみしそうだった。 

110407 ハゲ釣り

 魚釣りに行かないか?これは彼なりの私への退職祝いである。11月に連れて行ってもらった「一尺屋」へ。今回は「ハゲ釣り」だという。
 彼の家を8時半に出発。久しぶりなので話題が絶えない。女性がおしゃべりだというが、それは男の偏見でけっこう男もよく話す。まあそういう関係の友達は少ないが・・・・・・。
 収穫1匹目。これを入れ喰いというのだろう。ほんとうに投げ入れた途端にかかってくれた。といいながら、釣ったのは私ではない。漁労長の方である。私はというと、隣で釣っている見知らぬご老人が気になって、まともに投げ入れるのもままならない。
 こういうドジな私を呆れながらもまた何ヶ月か経つと誘ってくれるのだから、彼も本当に優しい友達である。 
 日中穏やかだった天候が、夕方になって怪しくなる。雲が広がり始め、風も出て一気に寒くなる。それでも頑張っていたのだがとうとう雨が落ち始めた。
 一人だとそれでも頑張る彼も、今日は私がいるので店仕舞いにしてくれた。漁獲量(?)は全部で16匹。その内私は4匹で、あとはもちろん漁労長。
 絞めているのは漁労長。私は見ていただけ。ハゲの口のかわいいこと。それでもアジの時は私もエラに親指を入れて骨を折ったのだが、その時、「キュッ」という鳴き声を出すのがたまらなかった。今回はただおとなしくナイフを入れられるだけ。ハゲの静かなこと。
 と言いながら味噌につけるのがいいとか、これだけあると刺し身もいいなとか。我ながら身勝手なものだ。命を頂くのだから精一杯美味しく頂きましょう。  

110405 筑後柳川 5

 始めて「さげもん」を見たのは確か太宰府でだったと思う。名前は聞いていたのだが、言葉だけだったので目の前にした時にはその華麗さに驚いた。「さ・げ・も・ん」という言葉は、単に「下げたもの・吊るした飾り」という意味だろうが、私にはその響きにもなにか独特の感性が感じられて好ましかった。いかにも筑後の風土から生まれたものである。

 

 ネットで調べると、「さげもんは、福岡県柳川市に伝わる風習。吊るし飾りのひとつ。女児の生まれた家では、その一生の幸せを願い雛壇は父方の実家から、さげもんは母方の親戚、母、祖母が用意する」とある。いろんな型があるようだが、伝統的なものは紅白の布を巻きつけた竹の輪に、細工物とまりを交互に7列7個49個を吊るす。さらに中央に特大の柳川まりを2個加えて計51個とする。

   
   

 もともと雛壇を引き立てるものだったのが、どうかするとさげもんが主役になっている場合の方が多い。御花や白秋生家でも雛壇を飾った部屋に部屋を埋め尽くすようにさげもんが吊るされていた。変わったものとしては水引だけで作られたさげもんを見つけた。これはこれで味があっていいものだ。
 

今回もまた、楽しいひと時を過ごすことができた。佐藤さんに感謝である。帰りの車の中で早くも次回はどこに、ということになった。今候補に挙がっているのは「平戸」である。
 

110404 筑後柳川 4

   
   

 柳川に来たらどうしてもはずせない場所が二つある。「御花」と「白秋生家」である。「御花」とは、柳川藩主が家族と和やかな時間を過ごすための場所として設けた別邸を、その当時その場所が「御花畠」と呼ばれていたことから、柳川の人々は親しみをこめて「御花」と呼ぶようになったという。敷地内には池の周りをクロマツで囲った庭園がある。「松濤園」と呼ばれ、国の名勝に指定されている。
 今から30年ほど前に一度訪れたことがある。当時それぞれの町には教進と呼ばれた組織があって研修を担っていた。いい時代というか、年に一度全ての学校を休業にして現地研修に出かけていた。今考えれば「とんでもない!」と批判されそうだが、おそらくその研修でここを訪れたのだと思う。

 

 記念館の入り口にいた着物と袴の若い女性に、一緒に写真を撮ってもらった。シャッターを押してくれた佐藤さんに「さすが、原田さん!」と、感心されたのか笑われたのか・・・・・・・。いずれにしても若い時にはとうてい出来なかったことだ。年を取るということには悪いことばかりじゃない、いいこともある。 

110403 筑後柳川 3

   
   

  「柳川」には必ず「水郷」という言葉がくっついてくる。切っても切れない関係を保っている。白秋が「廃市」という言葉を使ったということは、その当時から静かで穏やかな町であったのであろう。もちろん今でもそう感じるのが第一印象だったが、そう感じる大きな理由として、水路の存在が大きい。

   
   

  ほとんど流れを感じさせない水路に、きらめく水面。青く芽吹く柳の枝に、魚を狙ってじっとたたずむ白さぎの姿。唯一動きといえば、川下りの船である。船頭さんの名調子や彼の歌う童謡の歌声が川面を流れていく。ここには「水辺の散歩道」と名づけられた道が水路に沿って整備されている。川下りの船だけではない。散歩道を歩く姿も絵になっている。

110401 出会いの5年間

左は図書館の小野さん。右も図書館の安永さん。その右は指導員の吉村さん。どうしてみんな、そんなに大きいの?安永さん、「焼きがき」が美味しかったよ。

 教員を退職してから、そのまま本耶馬溪公民館の館長として勤める。その5年間が文字通り「あっと」いう間に過ぎてしまった。この写真は最後の日の勤務時間終了間際に、誰言うとなく記念写真を撮ろうということになって撮ったものである。朝、センターで最後の押印をした後、「照れくさいので後では挨拶に来ませんので、いまここでお別れをします。老兵は消え去るのみです。お世話になりました」なんてカッコつけたのに、肝心の事務室での別れはカッコがつかずいつまでもぐずぐずになってしまった。 これだけの美女たちに囲まれて過ごした5年間です。そう簡単には「はい、さよなら」といきませんでした。
 指導員の吉村さんが前日、「館長、公民館って出会いなんですね」としみじみ言いました。この何日間か、いろんな方がお別れに来てくれました。それを見ての言葉だそうだが、なんとも素晴らしい今の自分にぴったりの言葉をもらったなと思いました。とにかくろいろ言うと思いがかすんでいきそうです。様々な出会いとその出会いを与えてくれた公民館長という仕事に乾杯!