100612 森田童子2

   

 タイトルに合う写真がありません。雨が近づいているのか、南東の温かい風が強くなりました。気がついたらこの風で熟れた「すもも」が落ち始めています。拾ったり脚立を出してもいでみたりしましたが我が家では食べる人がいません。眺めて、写真に撮って、ブログに載せるくらいです

 夜聞く音楽が変わった。ずっと小椋佳ばかりだったのにおそらく厭いたというのが本音だと思うが、今は作ったばかりの「森田童子」を聞いている。作ったはいいがこんな暗い歌、聞く気になれないなと思っていたのに豈(あに)はからんや、嵌まってしまった。
 理由は三つあるようだ。歩きながらこんなことばかり考えている。ひとつは言葉がそうだ。前回にも書いたがなつかしい言葉があちこちに散りばめられている。かっこよくいえば、同じ時代に生きた者の連帯感か。「球根栽培の唄」という題名もそうだし、「トランジスタラジオ」や「ガリ版刷りのアジビラ」なんてのも出てくる。今の若い人には死語に近いものだろう。「ストーブ代わりの電熱器」になると“パンがなければケーキを食べればいいのに”と誰かが言ったように“ストーブがなければクーラーをつければいいのに”と言われそうだ。ましてやこの言葉に目がうるうるした私の気持ちは理解不可能だろう。
 学生時代、友だちの下宿に行った時、彼の部屋にコタツがあったのを見て「金持ちだー!」とうらやましくなる前に感激したのを覚えている。だれもが貧乏な時代だったとはいえ、我ながら信じられない生活を送っていたと少しジマン(?)さえしたくなる。
 ふたつ目は曲である。全ての曲に共通するのは今の唄ではないということだ。当たり前の話だがこの唄が歌われた時でさえその時代の歌ではなかった。一言でいうと「大正ロマン」という言葉がぴったりだ。「菜の花あかり」や「まぶしい夏」、「サナトリウム」にいたっては昭和を通り越して完全に大正である。
 みっつ目は声である。「今にも消え入りそうなか細い声」と書いたがなぜかなつかしい。この声には女や女の子が感じられない。彼女がよく使う「僕」という言葉のせいもあるが、「少女」を通り越して「少年」の面影が色濃い。そうか、「阿修羅」に似ているんだ。だからあんなに暗い情念を歌っているのに暗さよりも繊細さが強調されるのか。