091221 東京物語(イチョウ並木から明治神宮)

 やっと眠れたと思ったら気がついたら朝7時。8時から朝食なので早めに会場に出かける。33階の会場はバイキング。まわりの言葉はほとんどが中国語である。いまや中国人抜きには日本経済も立ち行かないようだ。眠れなかった割にはしっかりと食べることができた。今回はできるだけ控えめにとってきたので当然のことかもしれない。

 今日は外苑の「イチョウ並木」から始まる。昨日の雨と風で半分ほどの葉が落ちて、歩道を埋め尽くしている。前々日も今日と同じような穏やかな小春日和だったとかで、おそらく鮮やかな黄色が目に痛いほどだっただろう。ほんとに惜しいことをしたが、こればっかりは天気任せでどうしようもない。「聖徳記念絵画館」を横目に明治神宮へと急ぐ。ずいぶん歩いた。よくいう、都会の人間の方がよく歩く、というのを実感した。

 神宮へは裏から入る。東京の中でこれほど宏大な土地が確保できたものだと感心する。というより、これができた頃は東京といえども大きな田舎だったのかもしれない。建物も宇佐神宮を見慣れている者にはずいぶん穏やかに感じる。外来の神との違いか。途中で見つけた「御苑」に入る。入場料500円。なんで有料なんや!なんて文句を言ったが、中はここが東京ということを忘れさせる。自然豊かな池や菖蒲園、清正井など盛りだくさん。紅葉の時期に訪れたらどれほど見事だっただろうと感心する。500円はお得でした。「清正井」には既視感があるのだが・・・勘違いですよね。

 神宮を出ると、目の前に「原宿駅」が。なんであんなに遠回りしたのかとあほらしくなる。

091219 忘年会

ブログの内容にちょうどいい写真がないので、この栴檀の実の写真を掲載する。大宰府に行った時、大宰府小学校の校門の横にあったものを撮った。青空に吸い込まれていくようで暫し見とれたものである。

 夜、私のパソコンの師匠(と勝手に呼ばせていただいているのだが)「佐藤さん」と二人だけの忘年会をする。私より一回りほど若いはずなんだが、どうかするともっともっと若く見える時もあるし、どうかすると私より上のように感じる時もある。落ち着いた静かな人で、一緒にいるだけ落ち着く。ほとんど私ばかりしゃべってしまったがついついそうさせてしまうものを彼は持っている。

 お店の名前は「一合」。酒井外科の真向かいにある居酒屋。個室とまではいかないが、隣とは仕切られており、なにより掘りごたつ型式なのが有難い。料理も一つひとつ味がしっかりしている。「名古屋風手羽さき」がお気に入りで、ピリッとして美味しく、ここに来ると必ず注文する。彼は初めてだそうだが、お店も料理も気に入ってくれた。

 お店の若い店員があいさつに来る。私が上得意とかではなく、彼は中学校での教え子である。ずいぶん苦労した子どもであるが、その子(もういい大人に子は失礼か)がこうしてお客相手の仕事で、きちんと働いているのを見ることほどうれしいことはない。「12月でここを辞めて、豊後高田の新装開店のお店に呼ばれていきます。お世話になりました」と。私以上にきちんとあいさつができる。

 6時半から2時間、佐藤さんとの楽しい、私の一方的なおしゃべりに、教え子のたくましく成長した姿を見ることができ、充実した時間だった。そこから歩いて帰る。思ったほど寒くはなくて、歩くほどに身体は温まり、気持ちのよい余韻につつまれながら・・・・。

091218 雪の朝

 昨日、帰宅してから車のタイヤをスタッドレスに付け替えた。朝起きた時に窓から見える求菩提の山々に雪がうっすらとかかっていた。天気予報も今年一番の寒気がやってきて、週末にかけて平地でも積雪かなんて言っていたので、思い切って換えることにしたのである。けっこう重労働である。スタンドに持っていけば1本500円で付け替えてくれるとは分かっているが、4本で2,000円。ここが年金生活者。自分でやればただだと頑張ったが、もうそろそろこの労働がきつく感じられるようになってしまった。

 今朝、家を出る時、車の温度計は3℃を表示していた。そして、フロントガラスに水滴がいくつか。その程度だったのが佐知の直線に差しかかると雪が舞い始める。真坂小を越えたところから激しく降りかかる。気温は1℃に下がっている。本耶馬溪の谷に入るといつの間にか気温は0℃になっており、田んぼも山も、家の屋根も白く染めている。いよいよ本格的な冬の到来である。ちなみに帰りには気温は1℃。まったく上がっていない。

 ところが、今(2時前)はあれだけ降っていたのにと言いたくなるほど外の景色には雪はない。まだまだ地面の温度は冬になっていないようだ。降るそばから溶けていく。30cmとか90cmの積雪、今年一番の、とテレビではアナウンサーが大きな声でまくし立てているが、こちらの雪は可愛いものである。それでも夜になって凍ったらと事務室の面々は心配する。あすは土曜日。私は休みだ!

091217 渡り蟹

  近所の人が「渡り蟹」を届けてくれる。その人は漁師から直接分けてもらうそうである。その話を聞いて家内が頼んでいたものである。昼前、小祝の港に行き、顔なじみの漁師に頼むと、売り物にはならない小粒のカニを分けてくれるという。高くてごめんねというが、100gから150gが6匹で1,000円という。高いのか安いのか全く分からないが、「一合」のメニューには「わたりがに2,800円」とあった。
 ネットで調べると、1匹400~500gが3,000円するとある。地元の豊前海の干潟は日本三大干潟のひとつという。そして、ここで獲れる渡り蟹は日本一美味しいとされ高級食材として扱われる、と書かれていた。コマーシャルだとは思いながらも食べるとほんとに美味しい。調理はシンプルにただ茹でただけ。なんにも味をつけずに蟹が持つ味だけで勝負である。
 蟹を食べると無口になる。ただひたすら足や甲羅にしゃぶりつく。「飲む方がおろそかになるカニの足(肖五)」。手に蟹のにおいがこびりつく。国分さんに教えてもらったといって、ビールのコップにストローをつけてくれる。格好はおかしいがたしかにこれでコップに臭いはつかないし、あのぎとぎと感が付かずにすむ。
 蒸したワタリガニは絶品、とあるし、カニ味噌が濃厚なので、甲羅に熱燗を注いで甲羅酒にするのがオススメとある。あまり料理には関心のないほうだったが、地ものの美味しい魚介類に恵まれていて、それを楽しまない手はないとつくづく思う。

091216 東京物語(雨の六本木)

 1日目のツァーが終わりホテルに向かう。「ザ・プリンス パークタワー東京」。ここは2年前、下の娘が結婚式をしたところだ。すぐ隣に東京タワーが見えるのが売りのホテル。前回は、また来れるといいのにね、という話だったが、まさかまた来ることになるとは。玄関前にバスが着いた時に見えた景色はやはり懐かしいものだった。いや、そんなに時間が経ってなかったので「懐かしい」よりも「帰ってきた」っていう感覚だったかな。

 部屋は12階の19号室。入ってびっくり。窓の真正面にでーんと東京タワーが見えるではないか。前回は残念ながら向きが悪くて部屋からは全くタワーは見えなかった。もちろん福岡のビジネスとは違って、同じツインでも広さが全然違う。風呂も浴槽とは別にシャワー室も用意されている。
荷物を片付けてすぐに六本木に出かける。ホテルに入ったのは5時前。九州とは違って東京は4時半には日は沈む。おまけに今日は雨。暗くなるのが早い。赤羽橋から大江戸線に乗って二駅目、麻布十番の次が六本木である。

 朝日テレビを通り抜け、やっと「けやき坂」にたどり着く。けっこう激しい雨の中。意外にもたくさんの人が出ている。イルミネーションも見事だ。往復して写真を撮る。カメラが濡れるのもなんのその。とはいえ、こんな雨の中で(もちろん傘は差しているが)写真を撮るなんていう経験はこれまでになかったが・・・・。撮っている時は分からなかったが、パソコンで拡大してみるとやはりさみしいイルミネーションだった。「雨の六本木」は歌の中だけでいい。

 その後、六本木の裏通りで食事をするところを探す。こういう時が一番困る。事前に観光ガイドで調べても、知らない街では方向感覚が狂う。これはいい店だと思ってもなかなか勇気が出てこず、いつもうろうろするばかり。思い切って入った店は店員も優しく、料理も美味しかった。しかし、二度と同じ店にはたどり着けないだろうな。
 とにかく今日は雨に祟られた一日だった。これも思い出か・・・・

091215 東京物語(浅草)

 12:45.国会議事堂を出てから始めて添乗員は、浅草寺の本堂が改修工事で全体が覆われて外観を見ることが出ませんと知らせてくれた。さすがプロ(?)というべきか。雨脚も激しくなり、おまけに風まで出てくる。いわゆる最悪の状態。おまけに朝が早かったので、朝食は空港で買ったおにぎりが一つ。

 本堂から雷門への道、仲見世通りに入ってすぐ左にある「今半」に入る。すき焼きで有名だそうだ。昔むかし、新婚旅行で京都に行った時、寺町通りのすき焼きのお店に行ったのを思い出した。それも二日間も通った。昼間からとは思ったが「上肉すき焼き」を注文する。もちろんビールも。これが旅の楽しみでもある。関西風とは違って、関東はあっさり味。ほとんど砂糖は表面に出てこない。用意された割下を使うという。家では味が薄くなると砂糖を足し、醤油を継ぎ足す。「すき焼き」が好きな下の娘のだんなさんも、うちで食べた時はさぞやびっくりしたことだろう。

 外に出るともう集合の時間が近づいている。これがツァーの困ったところ。浅草に来たのに雷門を見ずに帰えるわけにはいかないと急ぐ。この雷門は昔、例えば江戸時代からあるものではなく、戦後、松下幸之助によって寄進されたものだそうだ。知ってましたか?添乗員もたまにはためになることを言う。

 雨の中、大急ぎでバスにたどり着いた(わずかな距離なのにそんな雰囲気)のは、約束の14:25の15分前。駐車場にバスを入れられないかもしれないので、早く来ないで下さい。早くて15分前。遅くても3分前、と添乗員は言ったのに、やはり遅れてくる人は必ずいる。二人組みのおばちゃん、どこにでもいるなー。

091214 東京物語(国会議事堂)

今日は全体的に暗い。一日中雨だったので仕方ない。おまけにけっこう雨足も強かった。
冬には珍しい雨の降り方だ。

 5:50にホテルを出る。ANAのカウンターに行く途中、声をかけられる。大分のNさん夫妻である。連れ合いの11月にあった記念パーティーでスピーチをしてもらった大事な人である。それでも全く考えていなかったので始めは誰か分からなかった。娘さんと3人でパリに行くとか。同じ旅行でも内容は少し(?)違っている。

 雨の中を飛行機は定時に離陸する。厚い雲を下に見ながら飛んでいく。時々、雲の山が見えたりするので携帯で写真を撮る。写真を撮ったはいいが、その写真をパソコンに取り込む方法が分からない。羽田に到着する寸前、揺れにゆれて気分が悪くなる。あまりの揺れに、大体こんな重いものが空を飛ぶこと自体、重力の法則に反している、と一人で憎まれ口を利いた。

 添乗員がやっと間に合う。環状線で人身事故があったため、全ての道路が渋滞を起こしているので、と言うがホンマかいな?都市機能ってそんなにもろいのか。レインボーブリッジはわずか800メートル。それを渡るのに15分かかるとか。時速3㌔。どう表現すればいいのか。お台場辺りにたくさんのビルが建っているが、そのおかげで二つの問題が起きているそうだ。一つはビル風。もう一つはヒートアイランド現象。それが回りまわって、群馬などで記録した40.9℃のひとつの要因になっていると言う。あらゆる所で、あらゆる工事が行われているが、いったいいつになったら東京の開発は止まるのだろう。

 二重橋を駆け足で見学。次は国会議事堂。雨の中を待たされたが、たくさんの小学生の団体に出会う。添乗員さんの話だと、東京では小学校5年生の社会見学の目的地になっているのだという。全てのバスの、全ての小学生が、全てマスクをしていて、一種異様な光景だった。ここはあまり印象に残っていない。ただ全体的に古臭いなということくらいか。

091213 東京物語(前泊)

 いよいよ東京物語の始まりです。「9夜1夜」の物語になる予定です。どうか、「うんざり」せずに付き合ってください。

 いつもは当日、車で、朝早く起きて、たとえば3時起きの4時出発で、空港にはやっと開く寸前に到着というようなことを繰り返してきた。以前はそれが当然だと思っていたが、高速が土・日千円になるし、友だちのように乗るまでに5分しかかからないとまではいかなくても、せめて30分以内に高速に乗れるようだとずいぶん助かる。

 今のように小倉に出るか、日田まで行くか、いずれにしても約1時間はかかるので、空港に行くだけでエネルギーの大半を使ってしまう。仕方なく今回は前泊することにしたが、ずいぶんな出費である。

 16:00発のソニック40号。博多に付いたのは17:15.1時間ちょいで着いてしまう。泊まったのは筑紫口に近い「センチュリーアートホテル」というところ。何がアートなのかよく分からないけど。荷物を置いてすぐ「キャナルシティ」へ。夕食とテレビで紹介していたイルミネーションを見るために。

 食事をしたお店の名前を記録するのを忘れた、と思ったら、なんとお店の入り口を写真に撮っていた。記録にはこの方法がいいね。食べたのは「野菜いっぱいのサラダ;骨付き子羊のグリル;モッツァレラチーズのピッツアマルガリータ」。もちろん生ビールは欠かさない。この頃、ブログを書き始めたらこうした食事のメニューを記録するのを忘れないようになった。それにしても舌を噛まずに発音するのに苦労するものばかりだ。

 食事のあとはお店の冷やかし。何年か前、愛用しているライダースジャケットを買ったお店を覗く。買ったお店にその服を着ていくのはちょっぴり抵抗があるけど、「どうだ!(何がどうだか分からないけど)」という気持ちもある。当時の店員さんがすばやく気づいて声をかけてくれた。やはり、「どうだ!」である。