報国寺入口を左折して鎌倉街道を下ると、
200m弱で右手に石段が見えてくる
「杉本寺」の石段である
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白地に墨で「十一面杉本観音」と書かれた幟が林立している
前回来た時には、「竹の寺」を訪れることが目的でした
しかし、報国寺までのんびりと歩いたので(あの時は若かった)
途中で幟に気が付いて帰りに寄ることにした
鎌倉街道とたいそうな名前がついているが、
谷間の狭い道である
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急にこの幟が現れた時は びっくりした
家の前の道路を6軒ほど西に行くと、〇地さんの家の前に昔からの大きな柿の木がある
2年ほど前まで川向こうの「ふれい市場」で干し柿用の柿を買っていた
30個で1,500円だから3,000円は毎年買っていた
昨年から〇地さんとこの柿をもらえるようになった
何かお礼をとは思ったのだが、家内が何かやってくれているようなので甘えている
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これまではカビが来てしまったりとかで全部処分をしたこともあった
今年は異常な暑さが続いてどうなることかと思ったが、
11月に入って朝晩しっかりと冷え込むようになったし、
雨らしい雨もほとんど降っていない
2週間ほどで艶やかな飴色になってきたので、サランラップに包んで冷凍庫に保存した
布花教室の生徒さんたちのお茶のお供に出したら喜ばれるかな?!
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本堂の左手の受付で拝観料300円と抹茶600円を払って中へ
ここ、ミシェランガイドで三ツ星をいただいているとか
約2,000本と言われる孟宗竹林がうっそうと茂り、静かな別世界を作っています
そういえば以前来た時に、この竹林の中で若い女性たちに写真を撮ってくださいと頼まれたことがある
上手に見えるのかなと自慢たらしく連れ合いに言ったら、
一眼レフを持っているからそう勘違いしただけよ、とズバリ言われてしまった
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遊歩道に沿って奥の方に進むと、「休耕庵」という茶店がある
ここでお抹茶とお千菓子がいただけます
「千菓子の方を先に食べてください」とスタッフの方に言われその通りにする
口の中で甘い砂糖の味と抹茶の苦みがちょうど程よく溶け合った
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入ろうとした時、屋根の上に人の姿が見えた
屋根に降り積もった竹の枯れ葉を落としている最中だった
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よく見たら、女性だった
大変だなと思いながら、いかにも鎌倉らしいなとさえ思ってしまった
本堂の右手に方丈がある
仏陀の弟子・迦葉からの名前をとって「迦葉堂」と呼ばれている
本堂の裏手には枯山水の庭が広がるそうですが、私には方丈前の樹が気になりました
「山茱萸の木」という木札が立っています
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というのは、私の家にも同じ木があるからです
初春・3月の中頃に黄金色の花をつけます
パソコンにため込んだ写真のファイルの中からやっと見つけました
本堂の裏手には鐘楼がある
報国寺の建物の中でも唯一残る茅葺きの屋根である
屋根瓦よりもどっしりとして趣がある
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さらに左手には多くの小型の五輪の塔が集めれている
由比ガ浜などから発掘された、新田義貞の鎌倉攻めの際の両軍の戦死者石塔を集めた供養塔だそうです
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苔の上にこんなものを見つけました
なんのために三つ編みにしているんだろう
本堂の裏手には墓地があり、
足利尊氏の父親、貞氏の墓と伝えられる「宝篋印塔」が残されている
山すそには、貞氏の三男「直義」墓と伝えられる「やぐら」がある
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三方を山に、一方を海に囲まれた鎌倉は、要害の地ではあったが、その分平地が少ない
やぐらは平地を削らずにできた唯一の墓だったのである
それしかなかったともいえるし、生活の知恵だったともいえる
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直義と尊氏が助け合って室町幕府を作り上げ、そして対立した話は、
たしか昔々、毎日新聞に掲載された吉川英治の「私本太平記」で夢中になって読んだ覚えがある
10歳になるかならない頃だったと思うが、あの頃は活字に飢えていたんだろうな
それ以来、新聞小説に夢中になったことなんてない
いや、そもそも読んだことすらない
