240310 嵯峨野散策18(天龍寺12・多宝殿)

小方丈の奥から廊下(回廊)を歩くことになる
この雰囲気も良し

後醍醐天皇の建武の新政は、不満を持つ武士たちに担がれた足利尊氏に敗れ、
天皇は吉野に逃れます
そして、執念深く京都奪還を念じますが、恨みのうちに亡くなります
その後醍醐天皇の遺言
「玉骨はたとひ南山(吉野)の苔に埋まるとも、魂魄は常に北闕(京都)の天を望まんと思ふ」

これでは怨霊の跋扈する世界に生きる尊氏にとっては気の休まる時はないでしょう
そこで夢想礎石「後醍醐天皇の霊を祀って、天下に平和をもらしましょう」という進言を入れ、
その霊を祀る場所として天龍寺を創建したのだそうです
多宝殿の奥側に当たる祠堂には、後醍醐天皇の像が安置され、彼の霊を鎮めています

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です