230620 白馬三山

ハガキの最後に「長年付き合ってきた友人だと思っていたのに」とありました
嬉しかったと同時にまた私の悪いところが出てしまったなと反省しきりです
あなたとの関係で今でも思い出すことを記します

「われもこう」を見に行こうと玖珠の山に連れて行ってくれました
他とごちゃごちゃになっていると思いますが、
近くにあった板を風除けにしてコーヒーを沸かしてくれました  美味しかった!!
鹿嵐山ではコンロでラーメンを作って食べさせてくれました
玖菩提に行った時は凍った滝を見た後、駐車場でスリップした時の対処法を見せてあげるとホンダCR₌Vを怖いほどスリップせていました
いいおっさんの少年らしいところがカッコいいなと思っていました
カラマツの林が光に揺れる時の幻想的な光景を話してくれました
あの時からまたいつかは安曇野に、と思っていたのかな
吉富亭での飲み会を二人で抜け出して(?)中津駅まで歩きました
その時の話にしておきます
その時、山登りの友達で早世した女友達がいて、お母さんから連絡があったんだよ、
なんていうような話だったと思う  辛そうでした
私が公民館に勤め始めた年、先に勤めていた耶馬トピア(?)を辞めて長野に行き、日本アルプスを堪能するまで登ってくると夫婦で出かけて、
一年後には安曇野に住むことにしたと、電話が・・・・・
その後のブログに書いたような気がする
私は一つの土地にしがみついていくしか能がない、つまり弥生人なんだけど、
あなたは縄文人のように生きていくんだろうな、と
そんな意味での「腰の定まらない人」なんです
「友だち」では恐れ多い  私はずっと「師匠」だと思ってきました

4月の終わりに3泊4日で「鎌倉散歩」をしてきました
その時はこんなに歩けるんだと連れ合いに自慢していたら、急にあちこちに痛みが出てきて、
そんなこんなですが、あと何年生きられるか
そんなわずかな時間ですが、よろしくお願いします
あえてブログで返事をします

ここまでは6日にアップした時の原稿です
その後、7日に宗像に出かけました 楽しい一日でした
13日(?)、辻先生の葬儀に参列しました 85歳でした
19日、一年ぶりの記念病院です うんざりするほど待たされました

 

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