220910 長崎さくら紀行17(東長寺2)

このお寺は密教のお寺やね、という
宗派は違うけど、たくさんのお参りの人やし、
若い人の多いのがうらやましいとため息交じりに言う
帰って調べてみると、
空海が唐の国から帰国した時に最初に建てた寺だと載っていた
そこで思い出した
聞き覚えのある寺院名だと思っていたら、司馬遼太郎の「空海の風景」に描かれていた
下巻P64に「弘法大師は・・・・・大同元年冬十月二十日に博多に帰着された。翌年四月下旬までこの地(博多)に淹留(えんりゅう)し、伽藍を一つ建てられ、東長密寺と号された」とある。
この日は28日
ちょうど不動明王の護摩焚きが行われており、そのためにたくさんの参拝客が来ていたのだ
やはり現世のご利益があるのとないのとでは・・・・

この日は、普段は開かれることのない六角堂の扉が開かれ、
空海の座像を拝むことが出来る

この六角堂は回転式だと言われるが、
そうそう、昔、熊野古道から高野山に上った時に、
金剛峯寺の六角経堂で、見知らぬ人と回したことがある
動き始めるまで大変だったような気がするが、
あの時のご利益はどんなものだったんだろうか
ひょっとして何もなかったことが御利益だったとか?!

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