220705 三十三回忌

7月2日(土)
親父と長兄の33回忌と母親の25回忌をまとめて行った
お寺さんも融通を利かしてくれて助かった
コロナで延期していたのだが、
今回はみんな都合をつけて集まってくれた
甥や姪は大丈夫だろうが、
姉は88、次兄は86ときては、おそらくもうこの次はない
お斎に行く前にお寺の納骨堂にお参りする
ここに写った鐘楼(兼正門)と隣にある納骨堂は、
親父と長兄の合作である

料亭は以前紹介した島田神社の裏にある「兆(きざし)」
けっこう楽しく食べて・飲んで・・・・
いつの間にやら「〇〇家三十三回忌」などというライングループが出来ていた

次の日からラインが飛び交って賑やかなこと!!
その中に私も持っていない写真が3枚出てきた

 

その中の2枚に母親が映っている
我が親ながら、おそらく若い頃はきれいな人だったんだろうなと思ってはいたが、
実際に写真で見ると、ほんとに美人だったんだとちょっと自慢したくなる自分がいる
年を取ってからは、お寺さんもビビらせるほどの、「怖いおばあちゃん」でしたが・・・・

“220705 三十三回忌” への6件の返信

  1. c、l

    ブログ拝見しました。母上の写真の上の写真は昭和43年以前のものではと推察しました。背後は焼失前の羅漢寺ではないでしょうか。とするとあなたはまだ生まれる前のものですね。

  2. おーちゃん 投稿者

    4人兄妹で、すぐ上の兄とは8つ離れています。私は1945年生まれですので、私は存在していません。
    親父の実家は宇佐の赤尾ですので、場所はそちらの方だと思うのですが・・・・
    この写真で興奮しているのは、姉と私です。今朝も、何とかこの写真を手に入れられないかと連れ合いに電話が来ていました。
    持ってるのはこちらじゃないのにね。年を取るほど頑固になっています。

  3. おーちゃん 投稿者

    すみません。どうしたら写真を撮った年が分かるのですか?

  4. c.i

    今、天童の道の駅、明日は立石寺。
    お寺の屋根の形と岩肌の景色から羅漢寺と想像しました。1943年麓の火事で全焼しましたので。父から以前の羅漢寺の様子をしばしば聞かされました。

  5. おーちゃん 投稿者

    昔、連れ合いの妹夫婦と4人で行ったことがあります。
    もう忘れてしまったけど、石段がきつかったことと、
    松嶋の観光船でカモメに何かを取られたことだけが残っています。

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