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講堂の背後には「食堂」が建っている
「じきどう」と読む
この中で僧たちは食事をしたのであるが、もちろん食事の場だけではなく、
そうした環境の中でも修業は続いたのである
食事は楽しく・美味しくが目的な私にはとても耐えられそうもない
看板には「足利尊氏もここに居住した」あったが、どういうことだろう
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正面から見ると、中には極彩色の十一面観音像がお祀りされている
少しくすぶっているとはいえ、金色とズボンの朱色が鮮やかである
看板をもう一度見ると、
「昭和5年12月21日に焼失、昭和9年4月に竣工。春日厨子に納まった十一面観音像は
明珍恒男氏の作である」とある
道理で鮮やかなはずである