160108 山の会2(安心院鏝絵2)

安心院の鏝絵は2年前に佐藤さんと写真撮りに行きました、と提案者にいう(ケチをつけることになります)ほどの野暮ではありません。もう古希ですから。初めてのような顔をしてついて行きました。

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 昔のメインストリートであった折敷田地区に通称「本町鏝絵通り」というのがある。作品的にも、歴史的にも、そして、鏝絵のある建物の歴史的価値としても地区有数の「重松家別邸」がある。安心院の豪商であり庄屋でもあった重松家の建物は3階建てで見事なものだ。正面の壁に大きな富士山が描かれ、3階の三方の壁に虎と龍と三階松が描かれている。中でも龍の眼には金箔を貼って迫力がある。明治17年、左官の大棟梁と謳われた「長野鐵蔵」によって造られたものと説明板に書かれていた。

 年賀状にも「古希」ということを繰り返し書いたら、教え子の年賀状に「私も00歳になりました」とありました。臨時でいた本耶馬渓の山陽中学校(もうとっくの昔に廃校になっています)での女生徒です。夢・幻の半世紀です。

160105 山の会1(安心院鏝絵1)

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  12月8日、日曜日。山の会が実行された。なんで「実行」などと大げさに言うかというと、本来は初夏にあるべきものだったからです。ある会員の連れ合いが亡くなったために延期になりました。一応公式には山の会というし、カレンダーにも「山の会」と書くのだが、実際は登らなくなって久しい。私だけでなく、ある方も未だに「久住登山の会」と書くそうだ。

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 今回は湯布院で温泉に入ろうという企画になった。しかし、ただそれだけでは芸がないということで今回の担当者の提案で、安心院の鏝絵と富貴野の滝を見学することになった。

  さあ、16年度のブログが始まりました。痛み始めた身体に鞭打って頑張ります。今年もよろしく!!!

160101 明けましておめでとうございます

年賀状1

 正月から似つかわしくない表現ですが、「薄気味悪いくらい穏やかな陽気」です。このまま1年が過ぎて行けばいいのですが・・・・・・・

 今年は古希ということでいろんなイベントがありました。何度か書いたのですが、69と70は大違いです。歌の文句(そんな歌、あったかな?)じゃないけど「そこには越えられない深い谷がある」です。誕生日を過ぎた頃から腰を痛め、それがいまだに治まったり痛んだりを繰り返しています。

 昨年書いたのですが、とうとう上の孫が写真を撮られるのを嫌がるようになりました。成長ととるべきなのでしょうが寂しい限りです。昨年までは3種類の年賀状(連れ合い・わたし・ふたり)を作っていたのですが、「わたし」の年賀状の定番だった孫の写真がなくなりました。

 上の写真は右下に書いたように憧れの室生寺五重塔」です。年賀状をもう一度撮影したので鮮明ではありません。ということで元になった写真をアップしておきます。6月に出かけた奈良紀行、2月くらいからやっとアップできそうです。

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 それでは、今年もあなたにとって有意義な年でありますように!