安心院の鏝絵は2年前に佐藤さんと写真撮りに行きました、と提案者にいう(ケチをつけることになります)ほどの野暮ではありません。もう古希ですから。初めてのような顔をしてついて行きました。
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昔のメインストリートであった折敷田地区に通称「本町鏝絵通り」というのがある。作品的にも、歴史的にも、そして、鏝絵のある建物の歴史的価値としても地区有数の「重松家別邸」がある。安心院の豪商であり庄屋でもあった重松家の建物は3階建てで見事なものだ。正面の壁に大きな富士山が描かれ、3階の三方の壁に虎と龍と三階松が描かれている。中でも龍の眼には金箔を貼って迫力がある。明治17年、左官の大棟梁と謳われた「長野鐵蔵」によって造られたものと説明板に書かれていた。
年賀状にも「古希」ということを繰り返し書いたら、教え子の年賀状に「私も00歳になりました」とありました。臨時でいた本耶馬渓の山陽中学校(もうとっくの昔に廃校になっています)での女生徒です。夢・幻の半世紀です。