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マドリードの目抜き通りの終点にスペイン広場がある。正真正銘の「スペイン」広場だ。私たちの年代にとっては、映画「ローマの休日」の影響でスペイン広場といえばついイタリアのものを思い出す。
ここにはセルバンテスのモニュメントとドン・キホーテと従者サンチョ・パンサの像があって多くの観光客が訪れる。この日も中国人が群がって(ついつい表現が険しいものになる)いつまで経ってもどかないので写真を撮るのに苦労した。
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次はソフィア王妃芸術センター。出かける前に調べた時にはその名前に凄く期待した。「ソフィア王妃」芸術センターなんてカッコイイと思いませんか。ところが、建物自体は名前から来るロマンみたいなものは全く感じられませんでした。
ここにはピカソの最高傑作といわれる「ゲルニカ」がある。ここも撮影禁止なので絵葉書サイズのものを買いました。いつも思うのだが、ピカソは分からん!同じ「分からん」でもダリの作品の方が興味がある。それにしてもタイトルが凄い。「偉大なる手淫者」とついていました。
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中庭にはいろんな彫刻が置かれているが、どの彫刻よりもベンチに座る若い二人の女性がカッコよかった。センター前の広場では学校を終えた子どもたちが走り回っている。元気なもんだ。
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午後は最後の観光地、マドリードへ。
まずはスペイン絵画の宝庫といわれる「プラド美術館」へ。写真は正面から。ここではトレドで出てきた「ラス・メニーナス」(ベラスケス)とゴヤの「裸のマハ」が印象に残っている。というよりここも撮影禁止なので知名度のあるものしか残っていないというのが真相だ。
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「ラス・メニーナス=女官たち」についてはガイドさんがすごく熱心に解説をしていたのが凄く印象に残っている。なのに、私の中には二人の小人のことしか残っていない。昔の西洋にはよく小人が出てくる。
「裸のマハ」は中学(?)の美術の教科書に出ていて、裸に興奮したのを覚えている。そうそう、ガイドさんによると「着衣のマハ」というのもあるそうだ。
写真はウキペディアから。
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テレビに「ホテル評論家」という人が出ていた。そんな評論家がいたということにも驚いたが、外国人観光客のおかげでどこもホテルが取れないという。取れないだけでなく、宿泊代も値上がりしていてサラリーマンは悲鳴をあげているらしい。ということで、甥は京都と大阪のホテルを探すので叔父さんもどこか探して下さいということになった。
三宮にいる長女に相談すると、彼女の京都の友だちも、京都は外国人観光客で凄いことになっていて大変なんよ、と言っているという。かえって三宮は穴場かも、と。結論から言うと、「幻」でした。ネットで調べても、駅の旅行社に頼んでも27日(金)一日はいいが、28日(土)もとなると一切確保できませんとつれない返事。日本の行楽地はテレビでいう通り「とんでもないこと」になっているようです。
適当な写真がないので、前から気になっていたものを撮りに行きました。宮島町の「The Question」というスナックの側面に飾られている大きなマリリン・モンローの写真です。以前はピンク色も鮮やかだったのですが、今は色褪せて裏寂れた雰囲気になっています。昔々の、あの、あの小さい私にはちょっと怖かった猥雑なまでの賑やかさはもう全くなくなりました。
ちょっとスペインから離れる。
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9月の終わりだった。横浜の甥から電話が架かる。「11月に京都に行きませんか?」。
2年前の4月、親父と長兄の25回忌に母親の17回忌の法事を一緒(もちろんお寺の許しを得て上でのこと)にして、その後、みんなで大谷本廟に行こうとなった。桜の京都が楽しみっだのに1日目は春の嵐に見舞われて散々だった。それでもみんなで出かけたということが楽しくてまた行こうと盛り上がった。
その時、計画を立て、横浜・静岡・門司・熊本・中津と違う出発地にもかかわらず切符の手配までやってくれた横浜の甥が今度も発起人になってくれたのだ。こちらとしては有難いことだが、一つだけ心配なことがあった。
妙に色っぽい上の写真については次回に説明します。
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大聖堂の横に「サン・トメ教会」がある。大聖堂を見た後なので余計に可愛く感じられる。ここはエル・グレコの「オルガス伯爵の埋葬」が展示されていることで有名だそうだ。たしかに素晴らしい絵画だったが、自分にとってはメジャーなものではなかったことと撮影禁止とでほとんど印象に残っていない。残っているのは入口にたくさんの人(それもほとんどが日本人)が列を作っていたことと日差しが強かったことくらいだ。
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ガイドさんが、オルガス伯爵のこと、三位一体のこと、この絵の中にエル・グレコ本人とその息子が描かれていること、世界三大名画の一つだということ、を熱心に説明していた。ところが、オランダで、レンブラントの「夜警」の前で言ったユヤマさんの三大名画の中には入っていなかった。
ウキペディアで調べてみると、三大名画と言いながら4つあって、ベラスケスの「ラス・メニューナス」は確定で、あと夜警とモナ・リザとオルガス伯爵の埋葬をどう組み合わせるかは説によるらしい。なお、上の写真は撮影禁止なのでウキペディアから拝借しました。
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展望台から市街へ。古都と言われるだけあって古い建物と狭い路地が続く。三人が横に並んでやっとという狭さだ。石畳は何百年も踏まれて見事に滑らかに輝いている。建物と建物を挟んで空中廊下みたいなものがあってなんか趣がある。ひょっとして門として使われていたのでは・・・・・・・・・・・。外敵から守るために!その狭い路地を車が何事もないように通りすぎるのだから、慣れとはいえ始めて見るものには驚きだ。
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その路地を抜けると広場に出る。広場を挟んで市庁舎と大聖堂が向かい合っている。この大聖堂、規模的にはヴァチカンやセルビアの大聖堂に次ぐものだそうだ。そうだろう、広場が狭いせいもあるが、なかなか全景を撮ることができない。
とうとう「50回」を超えてしまったなあ!!