130614 イタリア紀行19 フィレンツェ3(ウフィツィ美術館)

入館してからすぐに3階まで上がる。タケダさん曰く「心臓破りの階段です」。その言葉通りきつかった。どうも日本人の私には一段の幅が広く感じられた。というより足の短さを痛感させられた。そういえば誰かが「便器の位置が高すぎて困った」と言っていたっけ。私だけでなく、ツアー客の中であまりのきつさに参り、病院行きになった人まで出てしまった。3日目ともなると今までの疲れが一気に噴き出してしまったようだ。私もその翌朝、「こむら返り」を起こしてひどい目にあった。ちょうど疲れの出る時期だったんだ。、

これまで美術の本やTVでしか見たことのなかったルネサンスの最高傑作の絵画たちをじかに見ることができた。ところが、ここは撮影禁止。残念だが仕方ない。隠れて撮影していた人が連れて行かれたのを見たし、ぐっとがまんの子で正解だった。女性の日本人のガイドさんが懸命に絵画の由来、画家について、技巧の見事さ・・・・を説明してくれるのだが、聴くそばからどこかに行ってしまって何も残っていない。証拠の写真もない。しかし、名画たちとの時間と空間を共有できたことはたしかに私の胸の中には残っている。それだけでも幸せだと思わなきゃ。写真が全くないので、せめて記録できた作品名だけでも書いておこう。

ヴォッティチェリの「ヴィーナスの誕生」と「春(プリマベーラ)」。ラファエロの「ヒワの聖母」。ミケランジェロの「聖家族」。レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」。ルネサンス期を代表する3巨匠のそろい踏みだ。それに画家の名前は忘れたが「ウルビーノ公夫妻の肖像」が印象に残った。

あのね。あの、ルネサンスの巨匠たちの絵画を 目の前で見たんだよ。

この旅行記でもう一度写真のない回がでてきます。申し訳ありません。

130612 イタリア紀行18 フィレンツェ2(大聖堂)

ドゥオーモとジョットの鐘楼とサン・ジョバンニ洗礼堂の三つで、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は構成されている。その三つが一度に見えるとっておきの場所に案内しますと言う。確かにきれいに重なって見える。ところが、いざ写真の中からその場面をとりあげたら、なんと洗礼堂を間違えてしまった。左側の写真、三つの建物が見えていますよね。鐘楼の横の建物があまりにきれいに見えるものだから、思い込んでしまったのだ。前にもこうした思い込みがあったものだからできるだけネットで調べるようにしている。検索してみると洗礼堂は「八角形」となっている。手前の建物だった。それがはっきりと分かる写真があったのでよかったが、「検索、検索」である。

もうひとつ間違いがある。大聖堂から南東に800メートルの「サンタ・クローチェ聖堂」を大聖堂と取り違えてしまった。片っぱしから写真を撮っているのであとでどれがどれだか分からなくなってしまう。なんとなく形も似ているし、きれいに写っているので(理由にはならないのだが)。こういうのを偏見という。

130610 イタリア紀行17 フィレンツェ1(ミケランジェロ広場)

3回の予定で書き始めたら倍の6回になってしまいました。よろしくお付き合いのほどを。

ヴェネチア近郊のメストレに泊まり、翌日約250キロを3時間半かけてフィレンツェへ。イタリアに住むなら絶対にフィレンツェと力強く宣言していたタケダさんあこがれの街、フィレンツェ。

まずは、ミケランジェロ広場へ。ここはフィレンツェの街が目の前に見下ろせる丘の上にある。タケダさんが「絶対に」というはずだ。黄色い屋根で統一された美しい街並みが広がる。その中でもひときわ「ドゥオーモ」と「ジョットの鐘楼」が目立つ。右手にはフィレンツェ最古の橋といわれる「ヴェッキオ橋」が見える。丘の上にはダヴィデ像のコピーが置かれ、ここから眺める夜景はロマンチックで、恋人たちのデートスポットになっているとか。

この広場にはフィレンツェの景色を描いた絵を売る人が多い。どうも自分で描いた絵を売っているのではなく、絵自体もプリント臭い。おそらく地元の人は絶対に買わないだろう。観光客相手の商売だ。このあといろんな街で同じように絵を売る人を見かけたが、アフリカ系の移民が多い。どう見ても絵を描くようなタイプじゃない。

130605 イタリア紀行15 ヴェネチア3(マルコ)

ヴェネチアでのガイドは「マルコ」という。日本人以外のガイドにあちこちで出会ったが、ほとんどが日本語をしゃべれず、タケダさんが通訳(といいながらほとんど彼女がしゃべっていた)してくれた。彼だけは達者な日本語と巧みな話術で楽しませてくれた。

そうだ、綾小路きみまろに似ているのだ。①サン・マルコ広場で写真を撮ってあげる。撮りながら新潟の4人組に「卒業旅行?」と聞く。相手が60前のおばちゃんたちなのでみんな大笑い。そして、そのあとの若い女性たちには「本物の卒業旅行!」と。その絶妙なタイミングにみんな腹を抱えてしまった。②近くに「グッチ」のお店があるよ。絶対に間違えません。角を曲がるとそこが「イリグッチ」。③ここはサン・マルコ広場。僕は、ヨン(4)・マルコ。

もっとたくさんのネタを記録していたのだが、その紙をどこかでなくしてしまいました。覚えている人、教えてくれませんか。

130603 イタリア紀行14 ヴェネチア2(ゴンドラ)

中世、蛮族に追われた人々が、彼らが追ってこられない土地を求めて住み着いたのがヴェネチアの始まりだという。浅い砂州に小さな島。それらに何万本もの杭を打ち込み土台とし、その上に街を造る。狭い道と水路が交通手段というのも納得。

あこがれのヴェネチアの、あこがれのゴンドラ。紺色と白のボーダーシャツも粋なゴンドリエーレ(漕ぎ手)。最近では男だけだったゴンドリエーレの世界に女性のゴンドリエーレが生まれたそうだ。それも美人とかで人気があるそうだが、残念ながら男性だった。最近、ここが舞台の映画に「ツーリスト」というのがあったが、やはり私らの年代では「007危機一髪(なんでこんな無粋な題名にしたんだろう。やはり「ロシアより愛をこめて」でなくちゃ)のヴェニスの場面が印象に残っている。

当たり前の話だが、狭い水路を、何艘もの船が行き交う狭い水路を苦もなく進んでいく。ここではゴンドラが優先で、ゴンドラに出会うとボートや他の船はエンジンを止めて待たなければならない。上から見るのとはまた違った眺めで楽しい。窓から見下ろすおじさんが手を振ってくれた。

130602 イタリア紀行13 閑話休題

 さあ、誰でしょう?ツアー唯一の新婚さん、「堀田さん」ご夫妻です。約1か月ぶりの再会です。熊本から遊びに来ました。こんな若い人とこうして楽しく時間を過ごすことができるなんて思いもよらないことだし、ありがたいことです。これもツアーのおかげ。繰り返しますが、今度のツアーでは同行者との楽しい思い出がたくさん残りました。話の中で添乗員のタケダさんのおかげだということになりました。どこかのツアーで会いたいものです。

130601 イタリア紀行12 ヴェニス1(イカスミパスタ)

 ヴェネチアに着いたのは13時を回っていた。あこがれのヴェネチア。この旅行、3月に予定していた。ところが、冬場には高潮でよく水に浸かるという話を聞き、たまたま見たテレビに、長い雨靴を履いてサンマルコ広場を歩いている観光客の姿が映った。急遽変更である。変更してよかった。ミラノで小雨だった雨もここでは上がったし、高潮なんてどこの話、である。

 何はともあれ昼食。店に行くまでが大変。タケダさんに、はぐれたら絶対に合流できませんよと脅されtが、2つ角を曲がったらもう自分がどこにいるかが分からない。もちろん初めての土地だから当たり前の話だが、ヴェネチアの道の狭さ、複雑を通り越した入り組んだ迷路のような路地裏。「るるぶ」には「路地裏散策こそヴェネチアの醍醐味」と書いてあったが、それは時間と案内してくれる人のいる時の話。

 昼食は「イカスミパスタ」。これも「るるぶ」で見た「イカスミパスタ」には色鮮やかなトマトなどが添えられていたが、今日のは単に真っ暗なだけ。連れ合いは「イカスミパスタデヴュー」なんて言っていたが、最初で最後にしたい。