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シリーズも終わり、ご苦労様。随分と旅したものですね。ここへきて、ひとつひとつの写真を画面全体に広げることができるようになり、最後の日本三番目か四番目か?の大木を見ることができました。なかなか見ることの出来ないものなので、苔むした大木の生命力に感動。支える人の手も感じられました。
さて、あれから、ほおづきの実は残念ながら、皮と同じように溶けてゆき、ついに透き通った葉脈のみとなりました。けれどこれで、この姿を永く保てるのではないかと期待しています。
取り敢えず、添付してみました。
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このあと、予定では朝倉にある大楠を観ることにしていたのだが、宇美から引き返すのも面倒なので、飯塚を通って築城を目指す。全国第3位といわれる「本庄の大楠」を見ようというのである。川古の大楠のところでは「本庄の大楠とともに5番目の大きさを誇る」とあったし、誰かのブログでは「第4位」とあった。いったいどれが本当なのか?私は昨年一人で出かけているし、ブログにも掲載している。ホントの話は、朝倉に行くと帰りにもう一度洪水の爪痕を見ることになるのが耐えられなかったというのがその理由である。
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「大楠紀行」というテーマは素晴らしかったですね、と佐藤さんにほめられた。ひそかにそう思っていただけにわが意を得たりである。さて、次のテーマは・・・・・・。
さあ、やっと大楠紀行も終わった。長々と続けたなあという思いはあるが、終わってしまうとこの後何を掲載したらいいのか困ってしまう。誰かの言っていた「ぶらりお出かけ」でもしてネタを仕入れることにしましょう。あ、そうだ。ある人が早速写真を送ってくれたのでそれを次回は載せましょう。こうして輪が広まっていくといいなあ。
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ここには25本もの大きなクスノキがあって、その中に巨木が2本あり、ともに国の天然記念物に指定されている。本殿に向かって右にあるのが「湯蓋の森」、左後方にあるのが「衣掛の森」。この木(湯蓋の森)の下で産湯を沸かし、そこで産まれたのが後の応神天皇で、その時の産衣を掛けた木が衣掛の森と呼ばれている。と、あくまでも伝承。
幹周りの大きさでは衣掛の森のほうが大きいが、湯蓋の森のほうはほとんど傷もなく、もちろん洞も見当たらない。根の張りや株もとの力強さに大枝を四方に伸ばした均整のとれた姿の美しさでは湯蓋の森には敵わない。
そうそう、「大楠」ではなくなぜここでは「森」と呼ぶのか。遠くから見ると1本の木がその大きさからまるで「森」のように見えるところからだそうだが、たしかにその大きさには圧倒される。
大楠紀行も残すところあと1回となりました。長々と付き合っていただきまことにありがとうございます。このあと、11月まで旅の計画がありません。できましたら読者の方で写真とコメントをメールで送っていただいたら「〇〇通信」として掲載しますのでお願いします。以前は「安曇野通信」があったのですが・・・・。
期待を込めて私のメールアドレスは「kenzou432@yahoo.co.jp」です。
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宇美町の中にあって静かな環境の中に鎮座している。宇佐八幡宮の広大さには劣るが、平日にもかかわらず参拝客も多い。それも観光客ではなく子どもの幸せを願う「お宮参り」の参拝客がほとんどである。ここは古事記に「その御子生み給える地を、宇美とぞ謂ける」とあるように神宮皇后が後の応神天皇を産んだ土地なので、この地を「産み⇒宇美」というようになったとか。
したがって、ここには神宮皇后・応神天皇ほかを祀る。上の事蹟から安産の神として崇拝され、子安の石、子安の木、産湯の水などが点在している。というのは帰ってきてからネットで知ったことで今回の目的は「大楠紀行」なのでせっかくの見るべきものが目には入らなかったようだ。酉年なのにどうも亥年の傾向が顕著になってきている。しかし、これは個人的なものでなく、単に年を取って柔軟性が衰えてきただけのようでもある。
教訓「年はとってもいつまでも予習は大切だ」
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前回のブログはこのブログに付いていたものだったのに、書き始めると4枚の写真だけでも1回のブログになるじゃないかとつい思い、2回になるとともに順番までおかしくなってしまう。いまさら作り直すのも面倒とそのままにする。 |
「4歳5ヶ月」-年齢?それとも魔法の言葉?
8月20日、東京の娘が孫を連れて帰ってきた。帰ったのは30日。この10日間は孫のためにあった。昨年はまだ幼くて元気はいいが言葉も少なかったが、今年はよくしゃべる。いろんな名言(?)を残したが、もっとも印象に残ったのは「4歳5ヶ月」である。
これを上手く利用したのが連れ合いだ。泣きそうになった時、シャワーで湯が顔(これを一番嫌がるという話だった)にかかった時、おかずを残しそうになった時、「〇〇くん、何歳?」という。かれは元気よく「4歳5ヶ月!」と答える。かれの中では「4歳」ではなく「5ヶ月」というのが大きな意味を持っているようだ。それがエネルギーになって泣くのをがまんするし、シャワーもなんとかガマンできたし、ご飯も完食。なんとも便利な言葉である。来年は「5歳5ヶ月」。魔法の言葉となるか。それとも魔法が必要でなくなっているか。