120704 佐伯紀行3(歴史と文学の道)

 城山のふもとに沿って「養賢寺」まで続く通りは「歴史と文学の道」と呼ばれ、日本の道百選にも選ばれている。道も建物も保存され整備されていて、わずか700mの程度の短い通りだが趣があってびっくりした。なにもないのに「城下町〇〇」と呼ぶどこかの市(まち)とは大違いである。
 佐伯鶴城高校の真向かいにある「養賢寺」は、旧藩主毛利家の菩提寺で禅宗の名刹である。大入島中学校に勤めた時、風呂をもらい、夕食のご飯をいつも炊いていてくれた「柴田のばあちゃん」が亡くなった時に駆けつけたが、葬儀の行われたのがこの寺であった。この機会にゆっくり見学をと思って訪れたが、なんと「拝観禁止」の立て札が。

120701 佐伯紀行2(城山2)

 頂上までは少し急な登りなので負荷がかかってちょうどいい運動になる。昔も登る人が多かったが、今も健康ブームだろう、多くの人と出会う。その中の一人の方と話をしたが、「佐伯は地獄だ」という言葉が今も胸に突き刺さっている。
 私がいた40年ほど前に御三家と呼ばれた「興人・二平」はすでに倒産し、唯一残った「佐伯造船」も瀕死の状態らしい。穏やかな気候とこじんまりとした町並みと穏やかな人情とで、私たち夫婦には今も懐かしさで胸が熱くなる土地だけにその言葉が哀しい。本丸跡のある頂上から眺める佐伯の町は、眠っているように見える。