111015 フランス紀行7(シャルトル大聖堂2)

  6月の平戸紀行で教会巡りをした。島の中の、そこに住む信者のために教会だから小さいのは当たり前なのだが、それでも異国情緒を味わうことができた。
 ところが、シャルトル大聖堂ときたら圧倒的なスケールで私たちに迫ってくる。日本人の現地ガイドの方が案内してくれたのだが、彼の説明もふたつほどしか覚えていない。建物のスケールの大きさとステンドグラスの美しさに圧倒されて、ただただため息が出るだけ。それでもたくさんの写真を撮った。あとはそれを見てもらおう。

111013 フランス紀行6(シャルトル大聖堂1)

     

 8:00、ホテルを出発。一路シャルトル大聖堂へ。やっとフランス観光の始まりである。これまでの、長い飛行時間を含めて前奏でエネルギーを使い果たしてしまいそうだ。これを見る人も「やっとかよ!」という思いだろう。約90キロを1時間半かけてのドライブである。
 車窓からの眺めでフランスの広さを実感する。ここでいう広さは国土の面積をいうのではない。とにかく畑・はたけ・・・・、森・もり・・・・、放牧・ほうぼく・・・・。日本で言いう山は全く見かけない。平坦な大地がどこまでも続いていく。フランスは文字通りの農業大国だ。 

111012 65の手習い

 これまでふうらんとばかり思っていました。先輩の指摘でこれは「セッコク」だということを知りました。セッコクなら何度も見たことがあるのにどうして思い込んだんだろう。
 素人の思い込みは禁物ですね。ありがとうございました。

                                 季節が巡って朝晩ひんやりとしてきたと思ったら、ホトトギスがたくさんの花芽をつけていました。にぎやかになりそうです。その中で一番早く咲いた花の写真です。
 この花の斑点が「粋」だと表現した人がいました。確かこのブログにもそのことを書いたはずです。
 

 35年前、佐伯から帰ってきて勤めた耶馬溪中学校。当時学校では囲碁が流行っていた。ほとんどの先生が昼休み、給食もそこそこに休憩室に駆け込んで相手を見つけては打っていた。非常に強い人が二人いて、そこそこの人もかなりいた。一番強い人が日本棋院から取り寄せたグッズ(扇子・湯飲み・色紙・・・・)を景品に、土曜日の午後、近くの食堂で囲碁大会を開いたこともあった。のんびりとした古き良き時代。私は見よう見真似で相手をしてもらった程度だった。次に異動した学校ではそこまでのことはなかったので私の囲碁の歴史もそこで時間が止まってしまった。
 退職を機になにか趣味をと考えて「篆刻」を始めた。それだけでは時間はつぶれないので探していると、うちの畑を作ってもらっていたじいさんの養子さんが囲碁をするというので早速お願いをしてみた。快く受けてくれたのだが、「七目」で打ってもらったのにそれでも相手にならない。上には上がいるもんだと感心していると、北部の公民館に囲碁のサークルがあるので行きませんかという。毎週、水と土の13時から17時まで。同じくらいの人もいるそうなので楽しみに参加する。
 今日(12日)で3回目。1日の土曜日では相手をしてくれたのはここで一番のけんか碁を打つという人で(よく相手をしてくれたもんだ)、容赦なく殺されてしまった。二人目の人は途中から解説を始めてしまった。あまりの下手さにあきれてしまったのだろうと気の毒になったが、それにしても碁を打っている途中で解説をやられた日にはこっちの立つ瀬がない。
 4日の水曜日。初めの相手もやはり「7目」の人だが穏やかな人でこちらに合わせてくれているなと分かる。やはり徹底的にやられるとやる気がなくなる。少しはおだててほしいもんだ。「ほめて育てる」という言葉もあるんですよ。二人目は私といい勝負。いい手が打てたりミスをしたりでいかにも初心者同士の囲碁である。その上に勝つことができたのでぐっとやる気が出てきた。
 65の手習い、続きますように!

111011 フランス紀行5(忠告)

シャルル・ドゴール空港 1日目のホテル

 19:00、シャルル・ドゴール空港に到着。ホテルにはバスで1時間。郊外にある名前を「フォレスト・ヒル・ムードン」という。
 そこまでの間、江尻さんに重々言われた。二言で言えば、日本での常識はここでは非常識だということ。そして、自分の安全は自分で責任を持ちなさいということ。たとえば、ものを自分の体から離せば、それは責任を放棄したことと同じだとみなされ、何が起きても仕方がないとこちらでは考えます。電車で居眠りなんてこちらでは考えられないそうだ。
 繰り返しくりかえしでうんざりだなと思っていたら、それを見透かしたかのように、そのくらいに思ってちょうどいいんですよ。そして、そんなもんだと思うことができれば楽しい異国体験になるけど、それをおかしいと思い出したらイライラ苦痛の一週間になりますよ、と。
 その道の達人の言うことはきちんと聞くべきで、たいしたことにはならなかったが、私にも、他の人にもうっかりミスを犯しそうになった事が起きた。その件についてはその時に。 

111009 フランス紀行4(長い飛行時間)

   

 飛行機は中国東方航空。上海経由でフランスへ。11:00に上海到着。広い。とにかく広い。日本人の、というより田舎者の私の感覚では比較できない広さである。福岡空港からの出発なので余計に広く見えるのかもしれない。
 上海を経つとすぐに飲み物が配られる。もう運転することもないのだからとビールを頼む。青島ビールである。香港で初めて飲んで美味しかったのを思い出した。フランスに着くまでずっと飲んだり食べたりしている。そのたびに飲み物はアルコール。どうせ身動き取れないしすることもないのだから。
 福岡空港を9:50に出発し、上海経由でパリには19:00に到着。実際は時差があるため実質時間は13時間。長いながい飛行時間。それを証明するのは痛めた腰のうずきと靴を履く時の足のムクミ。

111007 フランス紀行3(ハサミ)

   

 中津を5:30に出発する。空港には集合時間(7:50)の30分前に着く。旅行代理店のカウンター前で始めて添乗員の江尻さんに会う。電話で話をしたそのままのキビキビしたベテランの女性だ。
 全て順調に進んでいたはずが、出発ゲートで引っかかる。初めての体験だ。何事にも「初めての事」はあるものだが、その原因がひげを整えるための小さなちいさな「ハサミ」ときては事が小さすぎる。没収となりますとすまなそうに告げる係員(珍しく気の弱そうな若者だった)に、おう揚にうなずきながら内心では冷や汗ものである。連れ合いには「何やってんの!」という目で見られるし、前途多難!

 

111005 フランス紀行2(ぎっくり腰)

   

 ぎっくり腰をやってしまった。生垣の落ち葉がけっこうたまったので、畑に入れようとスコップで畝を掘った。いや、掘ったまでもいかなかった。スコップを持ち上げようとした途端左腰がギクッと鳴った。
 旅行の3日前にである。第一に浮かんだのは行けるだろうかではなく「しまった!」である。ふつう、常識のある人は旅行の前にはだれでもが慎重になるものだ。一緒に行った人は万が一があるから庭仕事もしなかったよとまで言っていた。それなのに「あ~あ俺は!」である。
 すぐに鍼灸院へ。20年以上前に初めてぎっくり腰をやった時、時の学年長に教えられて行った鍼灸院で一発で治まったことがある。今回は念のため2回通ったが、それだけ年か?3日ほど痛み止めを飲んだが、その後はいつの間にか痛みも忘れてしまった。フランスが私には合うのか・・・なんて。

 追伸  帰ってきて10日ほどして前の空き地の草刈りをした。日頃は汗びっしょりになって、きついなあと思う程度だったのが、今回は肩は凝るし頭痛までしてきた。それ以上困ったのは腰の痛みが再発してしまったことだ。もう年なんだからもっと慎重であるべきだったと 悔やむ毎日である。

111003 フランス紀行1(神様・仏様・・・・・)

店の外に席があり、そこが一番人気とか
そして、外の方が値段は高いそうだ
パリの街角は洒落た建物が多い
アパートさえ絵になる

 ブログを止めようかとまで考えた。7日間のフランス紀行で撮り続けた写真がパソコンに取り込めなくなってしまったのである。
 始めはきちんとパソコンで見ることができたのに、取り込もうとすると急に画面から消え、カメラの表示パネルには「CHR〔0〕」と出る。その〔0〕という数字は写真の枚数を表しているのだが、0とは無ということだし、その〔0〕という文字が点滅するのが不気味である。マニュアルには「SDカードがこわれている可能性があります」ととんでもないことが書かれている。カメラでの再生はできるのに、ファイルは移動しようとしない。
 以前自分の操作ミスからカメラの映像ファイルを全て削除してしまったことがある。その時も佐藤さんにお願いして復活してもらった。結論からいうと、今回も無事にパソコンに取り込んでいただいた。ということでブログも止めずにすんだ。正に、『神様・仏様・佐藤さま』である。