110619 国分寺三重塔

 「豊(とよ)の国」。なんと響きのいいことばか!おそらくこのことばが使われた古代の人々にとっては、穏やかな気候と物なりのいい、「豊か」なまほろばのような土地であったのかもしれない。その一つ、豊前の国の中心がここ豊津であったとは。
 ここには国府が置かれ、国分寺が建立されていた。明治に復興された三重塔は、奈良法起寺のものと並ぶ全国でも最大級の規模を誇っていたという。ここがいかに豊かなところであったかの証明でもある。
 とはいえ、瑠璃光寺の五重塔の優美な姿を見たあとでは、あまり美しいと感じられるものではない。高い生垣を巡って始めて目にした時、「えっ!」という思いになった。バランスが悪いのである。説明の石碑に「塔の形が三重塔と多宝塔を折衷する特異な様式になっている」とあるが、それが理由かもしれない。
 
   
   

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