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この2枚は今回の話とは全く関係はありません。これはバスの中から撮った「総統府」です。 |
熊本の人で、台湾の公学校(1895年日本による台湾統治が始まった。その3年後の98年から「公学校」が設置され,台湾籍の児童に対して6年間の義務教育を実施する。日本国民として養成すると同時に日本語の普及を図るものというものであった。差別的と言われたが、ある面これによって就学率は70%を超え、後の台湾発展の基礎となったともいえるのではないか)の教師として赴任し、台湾の女性と恋に落ちる。
敗戦で別れなければならなくなったが、引き揚げた後、日本で一緒になった奥さんを最近亡くす。その後、毎年一度台湾を訪れるようになる。そう、昔別れた台湾の女性に会うために。彼女は84歳。今は施設に入っているという。そういう彼はもう92歳。さすがに一週間彼女のもとを訪れて、日本に帰る頃には疲れ切って今にも倒れそうになる。それでも彼女に会った時の話をする彼の顔は、別れた時の28歳の顔になっていたそうだ。
こうした話を私たち日本人観光客にするガイドさんの思いはいったい何なんだろう。彼女の思いは分かるはずもないが、今思い出しても胸が締め付けられて、話なのにときめいてくる。ガイドさんの話の中で一番心に残った「素敵な」話である。