110512 津和野紀行5(安野光雅と森鴎外)

 鯉の米屋のすぐ近く駅前に、この町で生まれた世界的な絵本作家「安野光雅」の美術館がある。作品を展示するだけでなく、小学校の教室、図書室、はてはプラネタリウムまでが併設されている。こうした何々施設というのにはあまり興味のない私もここだけは必ず訪れようと意気込んでいた。司馬遼太郎の「街道をいゆく」の挿絵を前任者の須田剋太画伯のあとを受けたことでしっていたかである。

     
     

 津和野といえば「森鴎外」である。小説家としても文豪として呼ばれ、医者としては軍医として医務局長にまで登りつめた鴎外も、生前から「津和人、森林太郎として死にたい」と望んでいたという。永明寺にある墓にはたしかに「森林太郎之墓」とのみ刻まれていた。