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安曇野通信より 何ときれいな霧氷か!3月でもまだ見ることができるとは。 |
もう一つ言葉について書いてみよう。言葉というよりもその言葉が繰り返されることへの私の個人的な嫌悪感である。
「こころ」はだれにも見えないけれど、「こころづかい」は見える。
「思い」は見えないけれど、「思いやり」は誰にでも見える。
これは大震災が起きて以来、テレビで繰り返し繰り返し未だに聞かされている言葉である。1週間はどのテレビ局もコマーシャルを自粛してきた。その代わりがこれを始めとするいくつかのCM(?)である。
始めのうちは言葉自体も素晴らしいし、こういった状況にはぴったりだと好意を持って見ていたのだが、毎日まいにち、そして、どうかすると続けて映されると、「しつこいよ、もういいよ!」と思うようになってしまった。ついには、この映像の後に出る「AC」という文字と「エーシー」という音までが癇に障るようになった。
こんなふうに思う私の方がおかしいのではと反省したくなるのだが、どんなにいいことで繰り返し言われると、つまり強制されると中身まで胡散臭さを感じてしまうのだがどうだろう。
同じものに、
38歳の時、子宮頸がんを発病しました。
娘には同じ思いをさせたくなかったから
ず~と一緒に検診を受けています。
というのがある。我が家ではこちらの方が評判が悪い。