101214 イルミネーション1

広い道路から斜めに 田んぼに入って正面から 斜め後ろから

  一緒に働いて、楽しかった思い出のある方と久しぶりにばったり出会った。自然にワクワクしてきて今日は得をしたような気になった。

 夜のウォーキングの途中、今日も始まっていなかったね、というのが日課になっていた。昨年は11月の20日過ぎには点灯していた。昼間、車で前をわざわざ通った時、家族総出で準備していたよ、と連れ合い。もう何年も毎年素晴らしいイルミネーションを見せてくれていた家がある。昨年は登山の会の人たちを反省会の後、みんなを誘って見に行ったほどである。他の家がバージョンアップして早くも始まっていたので、他人事ながら心配になっていた。
 昨夜(4日)、いつものようにウォーキングに出ると、遠くの方に今までにない灯りが見える。ワンダーランドじゃないのというが、位置が違うよと答える。クロネコヤマトの近くにやってくると、向かいの家の先にものすごい灯りが見えた。「ものすごい」と書いたが大げさではない。「ヒエー!」となんとも変な声が出てしまった。どんなに言葉で説明してもしたりない。昨年もすごかったのに、今年はまた一段とバージョンアップである。

三脚使用  ストロボなし  撮影モード(A)  絞り(F8)  ISO(800)

101212 佐賀関・一尺屋

精錬所の煙突とフェリー イカ!当たり前か? 堤防から沖を見る

 このタイトルで、ああ、あの話かと分かる人は通である。とかなんとか一丁前のことを言ってるが、出かけたから言える話で、そうでなければただの地名に過ぎない。前日に電話があり、「明日朝から出かけるぞ。休みをとって9時までに家に来てくれ」と。何日か前に会った時に、そろそろ釣りに付き合うかと言われていたのですぐに返事ができたが、そうでなければ「無茶言うな!」と言いそうである。
 まずは、佐賀関の精錬所の対岸、九四フェリー乗り場の近くで「ぜんご」を釣る。大分ではアジの小さいのをゼンゴと呼ぶ。イカ釣りの餌になる。昼まで釣って昼食後、「一尺屋・下浦港」へ移動する。ここで夕方までイカ釣りである。目当てはアジ釣りなのであるが、我が友はそれだけでは終わらない。週に2回はここ佐賀関から米水津まで釣りに出かけ、釣り仲間から「漁労長」とあだ名されるほどの釣りキチである。
 夕方までにイカを3杯釣って、6時からアジ釣りにかえる。海に浮く旗を挟んで左右に分かれて釣り始める。ところが、わずか何メートルも離れていないのに彼は入れ食いで、私の方は全く反応なし。技術(うで)の違いかと思ったが、彼の方に移動すると、入れた途端すごい引きがある。この日一番の40cmのアジ(写真を撮りたかったのだが、そんな暇があったら釣らんか!と叱られた)である。吊り上げるとすぐに鰓に親指を入れて骨を折る。そうしないと新鮮さが保てないというのだが、その時のアジの「キュー!」という鳴き声には毎度のことながら心が締め付けられる。とはいえ、だから釣りは止めだ!ではない。他の命を頂いて生きているんだということがよく分かる。
 妙な道徳の授業をするよりも、子どもたちには絶対に釣りをさせるべきだ。 

101208 太宰府歴史紀行(天満宮・お石茶屋・光明禅寺)

天神様 おでん定食 薬師如来

 

 何日か前に書いたばかりなので気が引けるが、お石茶屋である。この店は誰かが言った。テレビになんかに出てくる江戸時代の茶店に見えますね。もちろん何度か建て替えられているのだろうが、この茶屋については田山花袋の紀行文にも載っているそうだ。私はもちろんさだまさしの「飛梅」で知った年代である。「・・・ぼくが半分、君がひとつ、梅ケ枝餅を食べた・・・・」という歌詞がある。
 入り口を入ると、そこは土間である。正真正銘の土の、である。以前夏に来た時にはこの土間がひんやりとしていて、暑い日差しの中を歩きつかれた身体に心地良かった。その土間が冬場の今、意外と暖かく感じられる。みなさんは「お石定食」を頼んだが、私だけ「おでん定食」にした。もう一つ私のお薦めでここの「梅ケ枝餅」を食べてもらった。あんこと餅のパリッが絶妙のバランスで、参道で売っている梅ケ枝餅は妙にねっとりしている。太宰府にお越しの節はぜひお石茶屋の梅ケ枝餅を食してみてください。きっと期待を裏切らないと保証します。
 光明禅寺は相変わらずの人出だったが、、やはり盛りを過ぎて23日ほどではなかった。それでも喜んでくれたので一安心。今回始めて本堂の薬師如来を撮った。いつも庭ばかりで、お参りもせず申し分けありません。
 ここで今回の歴史紀行も終わり。幹事としてホッとしています。あとは18日の反省会で全てが終わる。 

101207 太宰府歴史紀行(観世音寺・学校院跡)

   
   

 突き抜けるような青空に観世音寺の本堂の屋根が広々と見える。いつ来てもこの風景には見とれてしまうし、いつの時も青空の中にあったような気がしている。今日は屋根の上を鳥がゆったりと回っている。そのまま、平安の刻(とき)と言っても通りそうだ。
 とはいえ、特別な建物ではないし、どちらかといえば、古ぼけた、他の場所で見れば鼻にも引っかけないかもしれないお寺である。この建物だけ見て、これが「府の大寺」とまで呼ばれた大寺院だったとは誰にも想像できないだろう。やはり太宰府という地名、太宰府という言葉が持つイメージがただのお寺以上のものを感じさせるのである。「歴史の重み」というやつだ。

   
   

 歴史といえば、都府楼跡と観世音寺との間に空き地がある。空き地には赤い実をたわわにつけたピラカンサと黄葉のきれいな何かの木が2本立っている。なにか雰囲気のある景色だ。なんでこの一等地が空き地なのかと以前から気になっていたのだが、久しぶりに歩きながら見ると「学校院跡」という立て看が立っている。「学校院は、西国の役人を養成する機関である。・・・・天応元年(781)には約200人の学生が太宰府に集まった」とある。  

101206 太宰府歴史紀行(都府楼跡・市民の森)

   
 都府楼跡 石碑の前で 

 27日。耶馬渓や山国を通る時には一面の霜だった。日田ではすっぽりと霧に包まれて、いかにも盆地らしい情景である。冷え込んだ分、天気は上々。日中は暖かく、空には雲ひとつない素晴らしい一日になった。今回の幹事を担当した以上、なんといっても天気が気になった。これさえ良ければ80%以上は成功である。あとはそれぞれ気に入ってくれるかだが、自信はある。

   
 市民の森  鮮やかな紅葉 葉を落とした姿もいい 

 都府楼跡では前に山が迫っていながら広々としていて、きれいに整備された史跡にびっくりしていた。ここには妙な古代の政庁を模した建物など一切ない。すっきりしたものである。それでいてだれもが古代の空気を感じているようだった。市民の森は私も初めてである。お決まりのように決める前に太宰府市の観光課に電話を入れると、光明禅寺とここを推薦してくれた。23日に佐藤さんと太宰府を訪れた時が最高だったので、少々心配したが紅葉はまあまあだった。

   
 ちょっと大げさ   山頂は暑かった

 計算外だったのは、市民の森からすぐに観世音寺に行く予定が狂ったことである。途中、「岩屋城本丸跡」という看板を見つけた人がそこに行こうと言い出した。すぐ近くのはずがけっこう時間がかかってしまった。正直な話、行ってよかった。適度に苦しくもあり、その分頂上からの眺めも太宰府の街が一望に見えて素晴らしかった。戦国武将「高橋紹運」の墓も見ることができた。ところが、あんなに苦しかったはずが、頂上で見つけた目印には「岩屋山 281㍍」とあった。 

101203 フグ三昧

 昨年もこのタイトルでブログを書いている。変わり映えのしない日々を送っているということか。お店はもう10年以上もここ「福わ内」である。昨年は料理一品ごとに写真にコメントまで付けてみた。今年もたしかに美味しかったが、気分的にそれを考える状態になかった。やっと作り出した時間がダメになったのである。今は、それはそうだろうなと納得できるが、その時は始まりはそっちだったじゃないか!と思ったものだ。とはいえ、冷静になってみると、ちょっと有頂天になりすぎていたなと反省しているし、翌日は検診日だということに気がつき、これはこれでよかったと今は自分を納得させている。
 何年か前、母親の法事のあと、みんなで国東にある三国屋という宿に泊まったことがある。姉がどこかに行きたいと言ったこととみんなの接待を我が家でするのも大変だということと、ここがフグを食べさせるというので出かけたのである。結論からいうと「これがふぐ料理?」と言いたくなる代物だった。やはりフグは臼杵でしょう!
 先ほども書いたが、今年はコメントなしで、写真だけ掲載する。

     
     

 

     
     

101205 紅葉紀行4(光明禅寺)

   
   

 清水寺の後、筑後市にあるというハゼ並木に行くはずだった。高校の後輩に教えてもらった場所である。「久留米のハゼ並木も素晴らしいけど、ここは隠れた名所です」と。ところが、清水寺で時間を取りすぎて残念だが次回に譲ることにした。
 次の目的地は太宰府の「光明禅寺」である。このブログを読んでくれている人は、おそらく「またか」と思うことだろう。確かに何度も書いたし、何度も訪れたし、最も好きな場所のひとつである。4日後にはもう一度ここを訪れることになっている。佐藤さんには嫌になるくらい何度もこの庭の素晴らしさを吹聴している。である以上、一度は一緒に訪れないことには口先だけになってしまう。

   
 8年前  強烈な赤だった

 8年前の紅葉は素晴らしかった。通り一遍の「素晴らしさ」ではない。暗い本堂の障子越しに見た紅葉は光り輝いていた。それ以来二度と見ることはない。ところが、今年は最近になく鮮やかであった。佐藤さんには少し強引だったかもしれないが、今日ここにやってきてよかった。それにしても今日の見学者の多いこと。脱いだ靴の置き場もない。ゆっくりと庭を眺める場所も時間もない。私だけの光明禅寺というわけにはいかなくなった。 

101203 紅葉紀行3(清水寺山門・三重塔)

   
   

 本吉山清水寺は伝教大師(最澄)によって開かれたそうだ。どこにでも出てくる弘法大師ほどではないが、似たような話か。本堂までの山道はけっこうきつい。途中、小さな水の流れの暗闇の中に五百羅漢が佇んでいる。いつの頃か心ない者によって首がことごとく落とされ「首なし地蔵」と呼ばれた時があったという。最近になって再び首が付けられたそうだが、暗闇の中の五百羅漢にふさわしい(?)話ではある。
 木々に覆われた中に急に山門が見える。「ぬっと」出てくるという表現がぴったりだ。小ぶりながら見事な造りである。これまで見てきた中で最大のものは知恩院の三門である。円山公園を過ぎると右手の森の中に巨大な伽藍が見えてくる。その存在感は圧倒的であった。ところが、不謹慎なことだが狭い山道に突然現れた建造物に、つい「知恩院以上だ!」と佐藤さんに言ってしまった。その私の言葉の方に彼は驚いたことだろう。三重塔への道の途中からこの山門を上から見ることができる。その姿も素晴らしい。

   
   

 本堂は素通りする。そこから少し登ると三重塔が見える。現在の塔は、昭和41年に復元再建されたもので、その朱塗りの塔は緑の山の中にあって華やかである。塔の傍らに立って上を見上げると、青空の中にその朱色がなんとも軽やかな印象を与える。