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突き抜けるような青空に観世音寺の本堂の屋根が広々と見える。いつ来てもこの風景には見とれてしまうし、いつの時も青空の中にあったような気がしている。今日は屋根の上を鳥がゆったりと回っている。そのまま、平安の刻(とき)と言っても通りそうだ。
とはいえ、特別な建物ではないし、どちらかといえば、古ぼけた、他の場所で見れば鼻にも引っかけないかもしれないお寺である。この建物だけ見て、これが「府の大寺」とまで呼ばれた大寺院だったとは誰にも想像できないだろう。やはり太宰府という地名、太宰府という言葉が持つイメージがただのお寺以上のものを感じさせるのである。「歴史の重み」というやつだ。
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歴史といえば、都府楼跡と観世音寺との間に空き地がある。空き地には赤い実をたわわにつけたピラカンサと黄葉のきれいな何かの木が2本立っている。なにか雰囲気のある景色だ。なんでこの一等地が空き地なのかと以前から気になっていたのだが、久しぶりに歩きながら見ると「学校院跡」という立て看が立っている。「学校院は、西国の役人を養成する機関である。・・・・天応元年(781)には約200人の学生が太宰府に集まった」とある。