100824 憲法9条(3)

エゾカワデナデシコ タカネサギソウ

  今日の花の名前は自信がありません。

 護憲にしろ改憲にしろ、相当な覚悟と犠牲が必要になってくる。たとえば、他国から侵略された時(護憲の人はこの前提がそもそも間違っているという)、目の前で自分の家族が殺されることだってありうる。もちろん自分も殺されることもあるだろう。それを受け入れることができますか。その覚悟があって始めて9条という理想は維持できるはずである。
 反対に、自衛のための戦力を保持したとしたら、それを本当に自衛のためだけであり続けるためには、そう有らしめるための個人と国全体の理性と不断の努力とがなければならない。すぐに「一億総○○化」になりやすい我が国民性では特にそれが必要である。
 もう一つ、軍というのは強力な殺傷力を持っているという点では猛獣にたとえていい。飼いならす必要がある。これは一般論としてでなく、日本は、昭和陸軍軍閥が暴発し、ついに国を滅ぼしてしまったいう生々しい過去を持っている。したがって、自衛のための戦力であっても常にそうあり続けるための組織作りと努力を忘れてはならない。
 いずれにしろ、両者は背後にそれぞれ「覚悟」があっての議論でなければならない。田嶋さんのあの形相を見ると、理性に裏打ちされた覚悟があるとはとうてい思えない。
 
 まだまだ書き足りないのですが、こんな堅い話、いつまでも聞きたくないですよね。今回はこの辺で矛を収めましょう。