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京都駅前のホテルにチェックインをしたあと、すぐに清水寺に出かける。姫路城に負けず劣らずここも人の波。ここは修学旅行で何度も訪れているので記憶は確かである。七味家も、清水焼の「ひろた(毎回1個の珈琲カップを買うのを楽しみしていた)」も、土井の志ば漬もまだ覚えていた。
以前連れ合いと姉夫婦とライトアップされた紅葉を観に来たことがある。もう何年前になるか。たしか龍安寺(定かでない)とこの清水寺(確信あり)だった。その時の印象が強烈だったので、ほかはどうでもここだけは、それも夜に絶対訪れるぞと意気込んでやってきた。・・・・良かった!連れは何度も感嘆の声を上げる。こんな満開の、おまけにこんなに暖かい、穏やかな夜に、鮮やかにライトアップされた桜を観ることのできた幸せを、何度もなんども言葉に出したほどである。清水の舞台から観る桜も、遠くの京の町の夜景もいいが、池に映った夜桜となると幻想的ですらある。この池の景色は季節は違うが、前回も観た覚えがある。
一つだけ残念なことがある。それは三脚を持ってこなかったことである。夜景モードで撮るのだが、シャッタースピードが遅くなってどうしてぶれてしまう。それが分かっていたから何度も持ってこようとしたのだが、それでなくても荷物になるからとあきらめたのである。案の定ほとんどの夜桜の写真はぶれたり、ぼやけたりしてしまった。また機会があるなら、今度こそ三脚持参だと肝に銘じた。(4/4)
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4年前に書写の全国研究大会を大分で引き受けたときに、清水寺の森清範管主に講演をしていただきました。清水寺の管主は違うと思ったことがあります。枕草子の中に出てくる清水寺のくだりを引用してはなしたときに「第〇〇段にこう出てくる」という章段が、岩波、講談社の古典文学全集の枕草子と全く違うことが講演録を起こしているときにわかって、確認したら清水寺版の枕草子からの引用だったということなのでした。さすがに歴史と文化の厚みが違います。「ブッシュ大統領が来たら野蛮な戦争をやめるよう説教してやろうと待ち構えていたら避けられました」なんて言って、肝のすわった講演でした。「清水へ祇園をすぐる桜月夜今宵逢う人みな美しき」でしたか、満開の桜の時期の清水、京都はいつか行きたいところのナンバーワンです。うらやましいな。