091016 コクゾウムシ

 もったいないと思っていつも失敗するので、今年は思い切って切り戻した。
8月の終わりに約3分の2を切る。
それこそ、来る人ごとに「もったいない」や「思い切ったね」と言われたが、ご覧の通り、ほんとに鮮やかな色になってくれた。
そろそろ終わりに近づいたので、これからは来年用の種を採取しようと思う。

 今年の小作米が届いた。米のカンから残った古米を取り出し、半日ふたを開けて風を通した。いつからか、小作米が30キロが5袋になった。それと同時にそれまで自分たちで食べて、兄姉にもいくらか送ることもできたのだが、それ以来、自分たちの食べる分も少し足りなくなった。原因は小作が少なくなったことなのだが、シロ(犬)が毎日1合も食べるからだと、責任をそちらにかぶせたりした。彼も肩身の狭い思いで食べてたのかな。
 しまった。新米がくればやはり古米は食べたくはない。どうしたものかと思案していたら、それでも欲しいという人が現れた。同じ会社に中国から出稼ぎに来ている若い人たちがいて、日本の物価の高さに生活するのも困っている様子なので、もらえるなら彼らにそのお米をあげたいという。冬にも使わなくなった布団をその人を通してあげたので、今回も喜んでもらってもらった。

 それでもカンから取り出す時、いくらかこぼしてしまったのでそのうちのゴミのない玄米を集めたまではよかったのだが、何を勘違いしたのかそれを精米した白米の中に入れてしまった。この頃、こういう「ついうっかり」ということが増えてしまって、我ながら怖くなる。

 時間はたっぷりあると、白米と古米を一粒ひとつぶ分けることにした。初めは要領が悪くいったいいつまでかかるのかと心配になったが、だんだんと要領がよくなる。そういえば、昔、母親から玄米に入っている不純物(小さな石やゴミ、もみがらなど)をこうして取らされていたな、と思い出した。お盆に入れて、それをゆするときれいに並ぶ。それを指ではじいて不純物と分ける。思い出すと、こうした気の遠くなる作業もなつかしいものになっていく。

 昔はこうしたゴミだけでなく、たしか虫もいたなと思い出す。玄米の色と似た、大きさも同じくらい、見分けが難しかった。その当時は、けっこういた(と勝手に思っているだけなのかもしれないが)虫が1匹もいない。いないのもなんだか気になってくる。虫も居れないほど消毒してしているのかと。そうこうしているうちに、虫を2匹だけ見つける。見つけた虫をつぶしながら、ほっとする自分がなんだか笑えてしまう。

 ネットで調べると、「コクゾウムシ」と出ていた。

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