安曇野通信
ナナカマドの赤、ダケカンバの黄、ハイマツの緑。上の方は少し盛りを過ぎていましたが、見事でした。これから11月下旬までは紅葉を楽しみたいと思います。
池波正太郎を読んだ。以前書いた「鬼平」ではなく、書棚から題名に惹かれて読み始めた。最初は1巻だけのはずが、読み始めたら巻を置くことができず、とうとう夜が明けてしまった。「おとこの秘図」全6巻。気力がなくなったなんて前には書いたが、とんでもない。一睡もしないというのはこの年には大変なことなのに、この裏切りは自分で自分を褒めてやりたい。
前回このシリーズを読んだのはいつのことだろう。退職してから読んだ覚えはない。なんといってもこれは「おとこ」の小説である。題名がそうじゃないか、と言われそうですが、それだけではありません。男が生まれ、生き、そして死ぬ。その全てが6冊の中に詰められている。望まれて生まれたのではなく、というより生まれたことを実の父に疎まれ、遂には亡き者にまでされようとする。そんな絶望の中での唯一の救いが剣の道である。
堀内道場での激しい修業に明け暮れる主人公「権十郎」。その彼へ、師・堀内源左衛門の遺言を伝える場面での佐和口忠蔵の言葉が、なんとも味があっていい。
「わしとても、同じことよ」
佐和口忠蔵は、あらたまった口調を変えて、
「わしにも、道が二つあったのだ。その一つを選んだがために、いま、おぬしが見ているわしが在る」
立ち上がったかとおもうと、
「別れにのぞみ、わしが権十郎どのへ申し伝えることは、これのみだ。さらば・・・・」
とめる間もなかった。(第2巻38P)
人は一生のうちにどれだけの選択をしているのだろうか。その無数にあった二つを、一つでも違えていたら、今の私は存在しない。そう考えると、今在る自分が愛おしくなってくる。それでも、あの時、こうしていたらと考えるのも面白いが、結局はこうなっていただろうなとも思う。あの時、もう一つの道を選んでいたら、と考えるのが、布団に入ってからの習慣になりそうだ。