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エゾナデシコ | マツムシソウ |
13・14・15日、上京。人混みと蒸し暑さにうんざりして帰ってきました。安曇野の風の爽やかさを改めて実感。< 中略 > ヤナギランの草紅葉、ハクサンフウロウ、ハナイカリ等々の花も咲いて、気温16℃の高原を満喫。
これは、昨年のメール。
はじめて岩藤氏と出会ったのは、私が36の時だったと思う。なぜ覚えているかというと、その時、私の勤務していた下毛郡(もうこの地名もなくなった)の図書館部会が県大会の当番に当たっていて、ちょうどいい年齢だからと、半ば強制的に事務局をさせられた年だったからである。彼もいたのだが、大阪から帰ってきたばかりであまり知られていなかったのと、反対に私は実権を握っていたおばちゃん先生たちとは、同じ学校に勤務したりして知られていたので、「健三さん、あんたがやり!」の一言で決められてしまった。あとで、彼が私よりひとつ年上ということが分かって悔しがったものだ。
その後は、中学校と小学校と勤務が違っていたので、接点はなかったが、40の年から4年間、組合の執行委員をやった時、彼と一緒になり、ふたりで教文を担当したのをきっかけに仲良くなった。その当時は、二人ともタバコは吸うが、飲みごとはとんと苦手で、飲み会にいてもいつも二人で何とか逃げ出すことはできないかと策を練っていた方だし、とにかく群れるということを嫌っていた。こんな二人がなぜ気があったのか。家内に言わせると、「あんたは変わった人と仲良くなる特技がある」そうだ。
教文担当の執行委員として教組教研の世話をしていた時のこと、彼との会話の中で二つのことが、未だに忘れられずに残っている。
ひとつは、「落葉松」の話。九州ではほとんど見ることができないが、むかしアルプスで見た落葉松の美しさは忘れることができない。新芽の時(と言ったと思う)、落葉松林に入り、下から見上げた時の、あのきらきら輝く葉の美しさは例えようもない。あの姿をもう一度見るのがおれの夢なんだ、と。前にも書いたが、そういう話をする時の彼の表情は、分別のあるおっさんの顔ではなく、子どもが自分の宝物について語るような表情をしていた。
もうひとつは、「杜鵑」。鳥は知っていたのですが、その時までそんな植物があることも知らなかった。名前はもちろんのこと。湯布院の町まで二次会のお酒を買出しに行った時のことだった。道路沿いの家の軒下にあったその草を見て、「これは杜鵑。花の咲く時期に沢山の斑点が出てくるが、その斑点が粋で、好きな花のひとつだ」と。覚えていますか?斑点が「粋」だと言いました。その言葉が妙に印象に残って、それ以来、庭のあちこちに植えてみました。
私にとって彼は、植物についての師匠になりました。