090905 くろいちょう

公民館で仲良しになった斉藤テルさんにいただいた。木の下に吊るしておけば、あとは放っておいても大丈夫と聞いて、さっそく銅線を買ってきて吊るしてみた。写真を撮りにいったら、いつの間にか白い可愛い花が咲いていた。

黒い蝶といえば、孫も庭の中で見ている。「おーちゃん、くろい大きなちょうが飛んでいるよ」。そして、ただじっと見ているだけだった。たしかに大きな蝶がゆったりと飛んでいる姿は、子どもだけでなく、かつては子どもであった大人をも魅了する力がある。
ところが、かつての子どもたちは、ただ見ているだけでは我慢できず、なんとかそれを捕らえようとする。そっと近づき、うまく捕らえ、蝶の震える感触を感じた時の喜びは、うまくは言えないけれど、ヘッセの「少年の日の思い出」に出てくる、あの少年の思いと同じものだった。
今はどうか。蝶を捕ってはかわいそう。死んでしまうよ、である。たしかに、捕らえられた蝶のほとんどは(いや、全部か!)死んでしまう。そして、すぐに忘れられてしまう。しかし、美しいものを見た時、それに触れたくなる感情を抑えてしまうことがいいことなのか。触れてみて、極端に言えば、殺してみて、はじめて美しさを実感できると思う。眺めるだけでは、アゲハチョウという名前を知ることもなく、ただ「くろいちょう」が飛んでいるだけになってしまう。
学生時代(遥か、はるか遠くになってしまったなあ)、わが町にもたくさんの映画館があった。その中に洋画だけを上映する映画館があった。あるアーケードの奥にあった、小さな映画館だった。入場料は20円位だったような気がするが、だれか覚えていますか?そこでいったいどれだけの映画を見たことか。「理由なき反抗」のジェームス・ディーン。「暴力教室」には、コンバットのヴィック・モローが新人で出ていた。。「夜の大捜査線」のシドニー・ポアティエ・・・・
映画が文化であった時代である。その時見た映画の中で、「西部戦線異状なし」のラストシーンが心にしみた。若い兵士が塹壕から身を乗り出して、小さな白い蝶に手を伸ばす。そこに一発の銃声。彼の捕まえようとした白い蝶は、いったいなんだったんだろう。

“090905 くろいちょう” への1件の返信

  1. 知多のあっちゃんより

     覚えていますよ。本町から日の出町へ抜ける路地の中間にあった小さな映画館。時折、抜け道として使っていました。
    『西部戦線異状なし』をそこで観たか定かではありませんが、ラストの印象は虚しさとも、哀しさとも言えぬ思いと共に記憶しています。
     あの白い蝶は、自由であったのか、平和であったのか、夢であったのか。
     手に入れたいと願いながら捕らえられない象徴だったのでしょうか。
     蝶と言えば、知多半島ではこの時期、アサギマダラという大型の蝶が飛来します。
     わが家の庭でも暫く遊んでいくことがあります。蝶には珍しい渡り鳥?とか。
     北は蔵王から、知多半島を経て、沖縄の喜界島まで、長期飛行をするのだそうです。
    15度から24度くらいが適温だそうで、夏場には乗鞍などにもいることがあるとか。十月の中旬辺りに、知多半島の先端にある富具神社辺りから飛び立つそうで、一日に百匹を超える蝶が海へと飛び立つこともあるそうです。
     中部国際空港が出来たので、いまどれくらい飛び立つかは分かりませんが、我が家に来るくらいだから、やはり飛行しているのでは思います。
    アサギマダラは、上の羽に、透明、または水色の斑(まだら)があるそうです。
     黒いラインに水色の斑で、標本のような蝶なので見つけたときの喜びは大きいです。
     水色の蝶をどうしてアサギマダラというかについての自分ながらの解釈は、
     藍染には、浅葱色という水色があります。
     藍染をするとき、最初濃い緑色の染め液が発酵すると黄色みをおび、染め液につけた白糸は最初黄緑色をおびて出て来るのですが、空気に触れると青色になります。
     瓶覗きと呼ばれる薄い水色から、なんども染めることで水色(淡紺)、紺、濃紺と濃くなってくるのですが、浅葱色は付け方の浅いもの、また薄い黄色から出た色ということで淡い紺、即ち水色に名付けたのではないでしょうか。
     染めたときの実感としての手前勝手な想像ですが。
     そして、浅葱色(水色)の斑の蝶ということで、アサギマダラと付いたのではないでしょうか。
     それにしても、早朝飛び立つというたくさんの蝶の渡る姿を見てみたいですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です