090827 岩藤千晴(2) 縄文人

ツリガネニンジン キヌガサソウ

(山でうまいはオケラにトトキ 嫁にやるのもおしごたる)
「トトキ」とはツリガネニンジンの別名。

 前回の投稿後、何もクレームがつかなかった。ない以上勝手ながら、積極的ではないが消極的な了解とみなして、今回も実名で投稿する。

 1年間と期限を限って安曇野に行った彼は、その後帰ってきたという連絡はないままだった。それがいつだったか、「こちらに本格的に移住することにした。家も建てた」と電話してきた。あっけにとられてしまった。思わず「中津の家はどうするの?」なんて、私が心配してどうすんの、という訳の分からない返事をしてしまった。

 ほかの事は忘れてしまったが、その時「あんたは縄文人だ」と言ったことだけは覚えている。だって、そうでしょう。私の好きな番組に「人生の楽園」というのがある。土曜日の夕方6時から30分番組で放映されている。「人生には楽園が必要だ」というナレーションから始まる。今の西田敏行もいいが、やはり「いかりや長介」のナレーションが抜群だった。新たな第二の人生を見つけ、夢に向かって努力し、そして現在がある・・・・そんな自分だけの「人生の楽園」を見つけた人々の生活を伝える、というのだが、番組になるということはそれだけ人気があるということだが、それだけではなく、そういう人生を送れる人がめったにいないからこそ番組になるのだと思っている。

 ふつう誰もが、家があり、付き合いがあり、お金の問題もあり、健康の問題があり・・・・さまざまな引きつり引張りがあり・・・・、それらをクリアして、なにもかも投げ出していける楽園を見つけたとしても、最後にそれらを実際に投げ出す「決断」が必要。それをいとも簡単(?)に「・・・・家を建てた」といってくるのだから。

 それのできるあなたはやはり、土地に執着しない狩猟採集生活を送る縄文人であり、山を愛し、下界から超然として生活する山岳民族だ。といったら縄文人が腹を立てそうだ。私たちが習った縄文人は髪やひげは伸び放題で、動物の毛皮を身にまとい、石器で作った槍を小脇に抱え、食糧を求めて野山を駆け巡るイメージだが、今では、縄文人も定住し、集落を作り、田畑を管理し、時には現代人もびっくりする高度な、たとえば、楼閣を造っていたということが発見されている。

 その点、私は弥生人だ。農耕民だ。土地にしがみついて、その土地から離れるなんて飛躍はこれぽっちも思い浮かばない。思い浮かばない以上、楽園はあなたからの写真に変えようと思う。とうことは、あなたは楽園に値する写真を、いつも私に送ってくる義務が生じたということです、よ。