090824 気力


 我が家にはじめて咲いた「吾亦紅」

 このごろ「気力」ということをよく考える。

 それを思い始めたきっかけは、夜、熟睡できなくなったこと。休みになると、それまでの睡眠不足を取り戻すように朝遅く、というより昼近くまで寝ていた。それがいつの間にか朝まで覚えていないなんてどこへ行ったのやら。途中で起きるようになりそれが一度や二度ではなく、また、一度起きるとそのままいろいろなことを妄想し始め、そのまま朝までなんていうことがおきてしまった。寝るのも体力がいるということがよく分かった。

 それから気づいたら、何を始めるにも「よいしょ!」「どっこいしょ!」という掛け声がないと取り掛かれなくなっていた。母親がいつも声をかけていたのを笑っていたのだが、見事に私もそうなってしまった。不謹慎ながらその私の掛け声を母に聞かれなくてよかったと思う。どれだけバカにされたことか!
 
 それから、「鬼平」で書いたが、長編小説が読めなくなった。どうかするとページを閉じることができなくて、気がついたら外は白々と夜が明けていた、なんていうこともけっこうあったものだ。それがまず12時を過ぎると自動的にまぶたが重くなり(家内はお子様の時間なんてバカにする)、どんなに面白いものも読み続けることができない。それでついつい短編やドキュメント関係のものに手が出てしまう。

 映画もそう。今ではよっぽど気に入ったもの(例えば、ボーン・スレマシーなど)以外は、シリーズ物(ボーンズやCSIなど)に嵌まっている。シリーズ物には、長編の大味なものより短い時間で中身の濃いものが多い。

 アンチエイジングという言葉をよく聞く。たしかに逆らう努力も大切だが、受け入れてそれに合った生活を考えるのも楽しいかも知れない。