090816 鬼平犯科帳

〔 キバナヤマオダマキ 〕 〔 ビーナスの丘 〕

 夏休みに入ると、
昔は夏休みは休みでした。というと語弊があるが、今でこそ夏休みも勤務時間のうちなどといわれているが、勤めている私たちはあまりそういう感覚は持っていなかった。本来感覚の問題ではないのであるが、目の前に子どもたちがいないものだから、つい休みのように思ってしまっていたのである。これは私たちだけではなく、ずっとずっと昔からそうで、当たり前のような感覚でした。それで、例えば部活の時間に合わせて学校に出かけて(出勤という感覚はなかった)ていたりした。優雅というかのんびりというか、個人的には、古き良き時代だったと思う。

 決まって読んでいた本がある。まるで約束事のように休みになればこの本を読むんだ・・・・と。それは、池波正太郎の「鬼平犯科帳」と「剣客商売」である。「鬼平」はそれまでの捕り物帳とは全く違った、チームワークを生かした警察小説といっていいものである。せりふを上手く生かしたスピード感溢れる展開も目新しかったし、タイトルの「犯科帳」を筆頭に「急ぎ働き」や「盗みの三か条」などの言葉も斬新だった。なによりも作品の基調に流れる「善事を行いつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ。これが人間だ」という池波の人生観がふと落ちて心地よかった。

 「鬼平」-25巻180話。「剣客商売」-番外編「黒白」と「ないしょないしょ」を入れて18冊112話。これをひと夏で読み上げ、それを何年繰り返しただろう。どうかするとその上に「仕掛人・藤枝梅安」シリーズが入った年もあった。同じ頃、司馬遼太郎の本も集めた。好きな作家だったが、そう何度も読み返そうという気にはなれない。それが池波正太郎の本となるとどうしてなのだろう。いろいろ理由はあるのだろうけど、この理由で、と意識したことはなかった。まあ、どちらにしても同じ本を繰り返し読んだので、本代が安くてよかったのはたしかだ

 その習慣も教頭になったころからいつの間にかなくなってしまった。その上に60歳を超えると、ずっと読み続けるということが困難になってきた。視力も落ちたし、なにより気力がなくなった。しかし、時間だけはたっぷりとある。また、2階の畳の小部屋で、クーラーもなく、吹き抜けていく風の中で、それも寝転んで「鬼平」を読んでみよう。

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