《 風土記の丘から移した捩子花 》
「吸殻のある風景」とはどこかで聞いた言葉。歌の題名?それとも、本の題名?なんかロマンを感じさせる言葉だが、実際はそうでもない。大きな会合や研修会が終わるときまってあちこちに吸殻が散乱している。この「散乱」という言葉がいい。吸殻を見ていらいらしている私の気持ちがこの二文字によく表現されている。これが「落ちている」では単に情景を表しているに過ぎない。「いらいら」までは表現できない。
計量器の定期検査が行われている。案の定、計量器を持ってきた人たちが玄関前でタバコを吸いだした。それを注意に行く。いい大人に注意するなんて、けっこう気を使う。「敷地内は禁煙です。昨日も誰かが吸殻をプランターに突き刺しています。」というと、「わしじゃ、ねー」と腹を立てる。このプランターは私が丹精こめて育てたサルビアを玄関前に飾ったものである。腹を立てたいのは私の方である。どうしてもタバコ飲みはあちこちで言われ続けているためか被害者意識が強い。すみませんという人より、過激に反応する人の方が多い。灰皿を撤去したために、この頃は植え込みの中に吸殻を突っ込んでいることもあるし、玄関前のプランターに突き刺していることもある。マナーが悪すぎる。
吸殻では、とんでもないことがあった。昨年、ある大会当日、中に入らずにホールでおしゃべりをしている人たちの中にタバコを吸っている人がいた。その日は大会の事務局の人に頼んで開会の前に参加者に「禁煙」を呼びかけてもらった。それでもこんなざまである。お互い嫌な気持ちになるのが嫌で見逃したのが失敗。会が終わって点検をすると座っていたイスの下、床の上でタバコがねじ消され、吸殻が放置されていた。あまりのことに事務局の人にきてもらい、確認をし、、片付けてさせた。後日、その会の理事長が謝罪に来たが、「だいたいやった人は分かっているので、注意しておきます」とまで言ってくれたのにはこちらの方が恐縮する。
できれば、ロマンはなくとも「吸殻のない風景」が欲しい。